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 肉塊共の戦い方は、基本的には人海戦術である。しかし、知能も無く数と勢いだけのそれは、包囲されたこの状況では圧倒的だった。
「くそっ!」
 次々と四方八方から襲い掛かる肉塊に対し、ヘンリックは無我夢中で剣を振り続けた。アリスの薬の効果は未だ衰えてはおらず、ヘンリックの剣は触れただけであっさりと通り、肉塊共を腐らせる。しかし問題は、この恐ろしいまでの数だ。ただひたすら純粋に数だけで押し切ろうとしているが、実際にそれが通用しそうな程である。
「ヘンリック、無茶はするな! 俺に任せろ!」
「俺の事はいい! こいつらぐらい、何とかする! それよりも魔女だ!」
 ヘンリックとは違い、ジョンは黒い剣の両顎と魔女から奪った魔力により、肉塊の大群をいともたやすく蹴散らしている。だが、ヘンリックにとって重要なのは魔女ハンナを討ち取る事である。ジョンに、こんな端役の処理などいつまでもさせる訳にはいかなかった。
「拙いと思ったら、すぐ逃げろよ! いいな!」
 そうジョンは言い残し、肉塊を蹴散らしながらハンナの方へ向かっていく。その姿を見送ったヘンリックは、安堵の溜め息を短く一つつき、そして再び襲い掛かる肉塊の群れに剣を奮い始めた。ヘンリックは、今更逃げ出すような自分の保身を考えてはいなかった。現実的にこの状況から離脱するのが困難だということもあるが、ジョンをただ一人残すような事だけは自らの誇りが許さなかったのだ。
 肉塊の群れへ飛び込んでいくヘンリック。それを背中で感じながら、ジョンはハンナへ立ち向かう。そして自分の間合いへハンナを捉えると、一度自分の周囲で蠢く肉塊共を払い飛ばし、そして黒い剣を両手で構えるとそこへ自らの魔力を集中させる。白い光を放ち始める黒い剣の両顎。その様をハンナは興味深そうに眺めていた。
「ん〜? なんだい、随分変わった事をしているねえ。お前、まだ魔法を使うのかい?」
「お前を殺すためなら、何だって試してやる」
 黒い剣の両顎は、ガチガチと牙を鳴らしながら体を震わせる。ジョンは更にそこへ魔力を集中させる。ジョンはこれまで魔女から奪い取った魔力しか使う事が出来なかった。しかし今はそれとはまるで異なる魔力の流れを見せていた。敵に向かって破壊を形にし爆発させるだけだったのが、異質な形で黒い剣に流れ込んでいた。それは剣の表面を覆うというよりも、その本性であるアリスの魂に共鳴させているようだった。これまでアリスを魔女を殺せる黒い剣としてか扱わなかったジョンが、初めてアリスという個人と協力し連携を取っているのだ。
 ジョンの魔力に共鳴するアリスは、どくんと大きく鼓動するや両顎を更に二回り以上も膨張させた。その姿はより禍々しく、凶悪の相を浮かべている。そして上顎の両側には赤く光る目が飛び出し、それがハンナの方を殺気立った様子で睨みつけていた。
「けったいな奴だねえ。お前、元は人間だろう? 魔力ってのは、魂から流れる力なんだ。そんな事をしたら、その馬鹿娘と混ざっちまうよう?」
「だから何だ。俺は、別に人間のままである事にこだわっちゃいない」
「まあ、そういうブレンドも今まで食べた事が無いからねえ。なかなか面白い趣向ではあるよう」
 ハンナはおぞましい笑みを浮かべ舌なめずりをする。そして戯れは終わりと言わんばかりに、両目を真っ赤に輝かせる。その様はアリスのそれと瓜二つだった。魔女を前にした時のアリスは、異常に好戦的になる事がある。それは間違いなくハンナから受け継がれた性質だ。魔女を美食の最上位と見る感性と食欲だ。
「やるぞ、アリス。あの魔女を殺す」
 ジョンは黒い剣に向かってそう語り掛けると、ハンナに向かって突進していった。ハンナもまた、これまでのように向かって来るジョンを待ち受ける事はせず、食欲に満ちた凄惨な笑みを浮かべながら突進する。
 ジョンの雄叫びとハンナの笑い声が真っ向からぶつかり合う。瞬間、二人を中心に衝撃波が走り周囲の粗方を吹き飛ばした。そして二人から漏れ出る強い魔力の奔流がそこかしこで衝突し、無数の破裂音を断続的に起こす。
「ああ、なんて美味そうなんだい。間近で感じて、もうたまらなくなったよう!」
 ハンナの右手と黒い剣の両顎がギリギリと音を立てて擦れ合う。そのすぐ向こう側のハンナの顔は、元の人間から変質を始めていた。それは黒い剣の両顎、戦意を露わにしたアリスの顔にそっくりだった。
「食欲しかないのか、この低脳め」
「お前だって同じだろう? 復讐しか頭にない魔女もどきが、何をかまととぶってんのさあ」
「黙れ!」
 ジョンは怒りに任せ、ハンナの体を力いっぱい蹴りつけた。ハンナの体は紙屑のように折れ曲がると、そのまま地面の上を何度ももんどり打って吹っ飛んでいく。だが急激に転がる向きを反転させると、再びハンナは嬌声を上げながらジョンへと突っ込んでいく。その顔は既に黒い剣の両顎に酷似した異形のものに変わっていた。