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「ヘ、ヘンリックさん! よく事情は分かりませんか、とにかく落ち着いて。ね? 一応うちでは、建物内での暴力沙汰は禁止って事になってますんで……」
 怒りに満ちた表情で、今にもアリスをくびり殺さんばかりの勢いのヘンリック。ロレンスは必死でヘンリックをなだめ状況の収拾を図るが、ヘンリックはまるで耳を貸そうともしない。
 アリスは、ヘンリックに胸元を掴まれ部屋の壁に叩き付けられてはいたが、表情は何一つ変わる事はなかった。本気で首を締め上げても顔色一つ変えないアリス。それが彼女が魔女である証拠だと、ますますヘンリックの思考は凝り固まっていく。
 そんな中、おもむろにアリスは自らを掴み上げるヘンリックの手にそっと触れた。
「なっ……」
 するとヘンリックの手は俄かに力を無くし、あえなくアリスの体から離れてしまった。更に疲れ果てている体からより強い疲労感が込み上げ、全身からみるみる力が抜けていく。
 これが魔女の力なのか。
 じっとこちらを見るアリスの目に、ヘンリックはふと我に返り、初めてアリスの人とは違う異様さを実感する。人に良く似ていても、やはり魔女は人間とは異なる存在なのだ。
「ヘンリック。あなたはジョンにとって大切な人。だから私も、あなたを害するような事はしたくない。どうか、こういった事は止めて下さい」
「ふざけるなよ……ふざけるな! お前こそ、ジョンをどうするつもりだ! ジョンが魔女を憎んでる事を知ってて、どうして魔女のお前がジョンに近付く!? どうせお前もジョンの命を狙ってるんじゃないのか!? それとも遊びのつもりか!?」
「そのどちらでもありません。私はジョンの力になりたい、ただそれだけです」
「それを信用しろって言うのか? お前ら魔女の言葉を……!」
「ええ、そうです。証明する事は出来ませんが、私には、少なくともジョンとあなたに敵意はありません」
 そして、アリスは唐突に視線の向け先を変える。視線は近くで聞いていたロレンスやサラ、そして騒ぎを聞きつけ集まって来ていた、ドア近くに溜まる他の冒険者達へ順に移っていった。それはまるで無言の威嚇のようで、皆が一斉に息を飲んだ。
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は魔女喰い氏の一番のファンだよ? 彼の不都合になるような事なんて、そんな。ねえ?」
 ロレンスがアリスの視線に焦りながら弁解する。入り口に溜まっていた冒険者達は、この隙に一目散に逃げ出して行った。彼らもまた、アリスの底知れぬ雰囲気を察したのだろう。
 あっという間に静まり返ってしまった客室。そこに残るのはジョンとアリスとヘンリック、そして逃げそびれてしまったロレンスとサラだ。
 ヘンリックは幾分冷静さを取り戻してきた。そして今この場で明らかにさせなければならない事柄が見えて来る。それは、アリスが本当にジョンの味方なのかどうかだ。
「お前は、一体何なんだ……? ジョンは、お前が魔女だと知っているのか?」
「はい。ジョンには私の全てを打ち明けていますから」
「それでもジョンがお前を必要としたのは、お前の力のためか?」
「はい。私は、ジョンがそう望んだから、私の魔女をも殺せる力を貸しています」
 魔女を殺せる力。それは恐らく、魔女の魂を喰い千切っていたそれの事だろう。あれにかかった魔女は例外無く、消えない激痛にのたうち回り悲鳴を上げていた。
「そうか。お前、ジョンのあの剣だったのか」
 ジョンはあの出処不明の黒い剣をアリスと名を付けて呼んでいた。それはそのまま彼女の名前であり、彼女が姿を変えたのがあの黒い剣だったのだ。ありとあらゆる存在を喰い千切る剣、それこそがアリスの力なのだ。
 疑問だったジョンの剣の仔細を知り、ヘンリックは更に自分を落ち着ける事が出来た。疑問と不安が僅かばかりも晴れると、ジョンが憎むべき魔女と結託していた事実もそのままに受け入れられた。復讐のためには仕方が無かったのか。その選択に後悔は無かったのか。しかしジョンの心情は本人にしか分からない。
 ジョンの心情は今よりも理解してやる事は出来るだろう。次は、もっと客観的で事実に基づいた事柄について知りたい。ヘンリックは次の質問をぶつける。
「教えてくれ。あの時に何があったんだ? どうしてジョンは村から失踪し、こんな事を始めたんだ? ジョンは……こんな人じゃなかったはずなんだ。それとも、ジョンは本当にもう人間じゃなくなってしまったのか?」