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「魔法も使えない人間如きが、そんな剣一つでどうしようってんだい?」
プリスキラは巨体を揺らしながら、黒い剣を構える青年を嘲笑う。そのプリスキラの周囲に、ふつふつと無数の水の塊が集まり始めた。水の塊は見る間に合わさり大きな水の壁を形成する。それは巨大なプリスキラを更に覆わんばかりの規格外のものだった。
「格の違いを噛み締めながら、苦しんで死ぬんだねえ!」
その言葉を合図に、巨大な水の壁は轟音を立てながら津波のように押し寄せる。それは一瞬で青年ばかりかその周囲一帯を丸ごと飲み込んでしまった。その場に踏み留まるどころか逃げ場すら無い、人智を超えた所行である。抵抗の余地など微塵も見当たらない。
プリスキラの繰り出した水は付近の森林を根刮ぎ飲み込み、やがて水が引くとそこには広大な泥の平原が延々と続いていた。青年がここへ辿り着くまでに踏破した森林や湿地帯は、地形ごと完全に変えられてしまったのである。
到底人間が生き残れるはずがない。それは自然災害に等しい力である。プリスキラもまた同様の事を思い、すっかり変わり果てた風景を前に満足気な笑みをこぼしていた。
しかし、
「所詮、水を流すしか能の無い魔女か」
すっかり変わり果てた風景の中、青年は元居た場所に変わらず立っていた。服は濡れ、髪からは雫が垂れている。しかし、森林すら消してしまうほどの水圧を受けても平然と立っていられるのは、明らかに異様な出来事である。
彼の姿を見たプリスキラは、驚きの声を漏らす。そして同時に、喝采した。
「骨のある人間と思ってはいたが! 生意気な口を叩くだけあるねえ。どうやったのかは知らないが、よく流されずにいられたもんだ! アハハハハ、そのしぶとさは誉めてやるよぉ!」
「お前に誉められる筋合いは無い」
吐き捨てるようにそう言い、青年はおもむろに右手に携えた剣をその場からプリスキラに向かって繰り出した。鋭く宙を斬った黒い剣からは、真っ赤な衝撃が波となって繰り出される。プリスキラへ真っ直ぐ向かって行く赤い衝撃波。それは宙で更に無数の衝撃波に拡散し、巨体を揺らすプリスキラに直撃する。
「あらぁ?」
無数の衝撃波がプリスキラの体を貫く。プリスキラの巨体には無数の亀裂が走り、数え切れない程の肉片と化した。しかし、それは本当に一瞬だけだった。切り離された肉片達は次の瞬間には互いに寄り合わさり、あっと言う間に元の体への再生を果たしてしまう。
「人間の癖に、ここまで出来るとはねぇ。今の攻撃、まるで魔女のそれみたいだったよぉ? けど、全くの無駄無駄。人間に魔女は殺せないのさ。幾ら斬ったところで、魔女はすぐに治っちまうからねえ」
そうプリスキラは勝ち誇りせせら笑う。だが青年は表情一つ変えず、まるで動じていなかった。
「知っている。それが、お前ら魔女の魂に由来する事もな」
青年は剣を構える。そして、
「やれ」
その一言だった。青年の手にした黒い剣の刀身は、一瞬で何倍もの大きさに膨れ上がる。それは真ん中から二つに分かれ大きく開いた。分かれた刀身の裂け目には無数の白い牙が生え並んでいた。その生え方は明らかに生物のそれではなく、印象画のように非現実的な造形である。
刀身はまるで肉食獣の顎のように、プリスキラの巨体へ食らいついた。そしてそのたった一噛みで、体の半分近くをえぐり取ってしまう。それでも、魔女はすぐに再生出来る。だからプリスキラも、そんな負傷は何とも思っていなかった。しかし、異変にはすぐに気付いた。それは、恐らく彼女が存在してから今までに一度も味わった事のない激痛が、全身隈無く駆け巡った事がきっかけだった。
「な……か、体! 私の体が! そんな! 治らない!?」
プリスキラは残った巨体を激しくねじり、半ば錯乱気味に悲鳴を上げた。その大声は雷のように四方へ響き渡り大気を震わせる。その様を青年は心底乾いた眼差しで見ていた。
「お、お前、なんて奴! まさか、まさか、私の魂を喰い千切ったのか!?」
「お前ら魔女の馬鹿げた魔力と再生力の源は、その醜悪な魂だ。だから元を絶ってしまえば、魔女とて生きられない」
淡々と話し、再び黒い剣を構える。その光景を前にプリスキラは、生まれて初めて恐れ慄き、人間相手に後退する事が脳裏を過った。だが青年はそれを察していたのか、先回りするかのようにひたすら冷徹に言い放つ。
「諦めろ。残りの魂も、残らず食い千切る」
「そ、そんな……止めて! これ以上食われたら死んでしまう!」
「お前を殺しに来た。そう初めに言ったはずだ」
再び黒い剣が膨張し、獣じみた姿へ変貌する。獲物を前にした肉食獣の顎。それを前にプリスキラは、もはや魔女としての尊厳の一切を失い身動き一つ出来なくなった。
そして、命乞いの言葉を口にする。
「嫌だ、止めて! 死にたくない! 死にたくないよォ!」
「駄目だ。魔女は一人として残さず殺す」
次の瞬間辺りに響き渡ったのは、肉を食い千切るのではなく咀嚼し飲み込む音だった。