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 ロプトが勤めていた路地でひっそりと営んでいるバーは、繁華街の喧騒など他人事のように静かな佇まいだった。早速コウは店の扉へ手をかけて開けようとし、かかっている看板に思わず舌打ちする。どういった営業日でやっているかは分からないが、寄りによって今日は定休日となっていたからである。
 正面から入れないとなると、どこか裏口はないだろうか。少なくとも従業員用の出入り口は、どんな店でも必ずあるものなのだ。
 コウは周囲の気配に気を配りつつ、建物を壁伝いに裏側へ回り込んでみる。すると、丁度三軒離れた建物と建物の間に狭い私道を見つけ、そこを進む。私道の先は小さな裏庭があり、その裏庭がこの付近の全ての建物の裏手に続いていた。他の店は営業している所もあり、コウはうっかり鉢合わせないよう注意をしながら目的のバーの裏口へ急ぐ。バーの裏口はやはり鍵がかけられていたが、コウは隠し持っているナイフの一つを隙間に差し込んでこじ開ける。そして素早く中へ入りそっと扉を閉めた。
 そこは小さな厨房のようだったが、明かりが無いため暗闇で何も見えない。コウは手探りで慎重に付近から調べていくと、店員も同じ状況で使うためか、傍にランタンと火種があった。火を灯したランタンを、外へ光が漏れないよう低く構えながら、コウはゆっくり店内を進んでいく。
 厨房を抜けた先は店の中で、そこはコウも見覚えのある場所だった。カウンターの中は外から見たより意外と広く、ここにロプトが立っていて、それなりに様になっていた事を思い出す。そこを一通り調べてみるが、次の営業に備え綺麗に片付けられているらしく、これといった物は見つからなかった。
 次にコウは、カウンターと厨房の間にある階段から地下へ降りる。そこは酒などの倉庫になっており、至る所に木箱が積み上げられていた。隅には小さな机と椅子、申し訳程度の書類棚があった。この倉庫は事務処理を行う場所としても兼用しているようだった。
 コウはランタンをテーブルに置き、その辺りにある書類を片っ端から出しては内容を見る。そこにあるのはいずれも仕入れの伝票や売上の帳簿など、店の経営に使うものばかりだった。ロプトの身元に繋がるようなものがあればと思ったが、そういった物は処分済みなのかそもそも存在していないのか、これといったものを見付ける事は出来なかった。
 時間を無駄にする訳にもいかず、コウはここでの捜索を打ち切り上へ向かう。しかしその時だった。
「ん?」
 足元からがさっと乾いた音が聞こえ足を止める。ランタンの灯りを向けて確認すると、それは丸められた紙袋だった。今の音はたまたまそれを踏んだためらしかった。
 ただのゴミか。そう思い捨て置こうとするが、ふとコウは紙袋が気にかかり、思わず拾い上げて元の形へ広げる。紙袋には、走り書きのようなロゴが入っていた。店の名前やロゴを判で押した紙袋を使う店は珍しくない。
「金のヤドリギか……ん?」
 金のヤドリギは、コウの記憶では様々なパンを焼いて売る店である。コウも何度か買って持ち帰った事がある。しかしこの店は、この近所ではなく繁華街を挟んだ真逆の南東地区に店を構えているのだ。
「まさかあいつ……南東地区に住んでて、そこからここに通っているのか?」
 南東地区には、家賃は安いが治安もあまり良くない区画が存在する。そういった場所は人の流入出が頻繁で、あまり他人を詮索しない事が大抵である。それはつまり、ロプトにとっても住処として都合の良い場所だ。
 コウはすぐさま店を出て南東地区を目指した。ロプトの住居を突き止めた訳ではないが、それでもある程度の住処が分かっただけでも随分な前進である。
 人目を避けながら南東地区を目指すコウ。頭の中では次に取るべき行動をあれこれと模索していた。ロプトの住処を突き止める手掛かりを得るには、ロプトの馴染みの店を探す事ぐらいだろうか。あのパン屋にしても馴染みの店かも知れない。けれど、地道な聞き込みを行うには既に時刻が遅過ぎる。繁華街こそ一晩中活気に溢れていても、それ以外の地区は日が沈めば当たり前に眠るのが大半だ。そして今のコウには時間が無い。日が昇れば、すぐさま聖騎士団総動員で街中にセタとコウの捜査網が敷かれる。
 一か八か、ロプトが居そうな場所を手当たり次第に回るべきか。それでも、ロプトが明日の動きに対して新たな行動を起こしている最中であれば、今夜は南東地区自体に帰ってこない事すら考えられる。あまりに分が悪い賭けだ。
 具体策も思い浮かばないまま、程なく南東地区へ辿り着く。するとコウはそこで意外な物を目にし、思わず目を見張った。
「なんだ、あれ?」
 それは、通りに集まる巨大な群衆だった。彼らは騒いでいる訳ではなく、何か話し合っているのかざわつき声だけがひたすら周囲に響いている。南東地区はあまり治安が良いとは言えないが、それでも重犯罪は年々減少している。暴動の類が最後に起こったのも十年以上前だと聞き及んでいる。初めはその暴動かと思ったが、それともまた雰囲気が違う。いわゆる感情の高ぶりのようなものが一切感じられないのだ。
 状況を確認してみるべきだ。そう思ったコウは早速近くの男に話し掛けてみた。
「なあ、これ一体何の集まりなんだ?」
「なんだお前、知らないのか?」
「ああ。さっきまで繁華街の方へ行ってたから」
「何でもさ、聖騎士団の騎士と関係者だって奴らが来てさ。あの英雄セタに逮捕状が出たけど何処かに逃げたようだから、捕まえてくれだって。もし捕まえたら、たんまりと報奨金が出るんだと」
「セタって、あのセタが? 何でまた逮捕状だなんて」
「別にどうだっていいさ、そんなの。それよりも報奨金の方が大事だ」
 既に市井にも明日のセタの逮捕の話は漏れているということなのか。それとも、もしくは本当にセタの居所が分からなくて困っているのか。何にせよ、煽ったのはロプトと見て間違いないだろう。
 捜査網をより厚くするロプトの徹底したやり方を苦々しく思う一方で、コウはこの集まりの多さと人々の態度に心が痛んだ。誰もが報奨金が目当てで、セタの事には全く関心を示していないからだ。セタを英雄だと祭り上げていたはずが、あっさりと関心が金に転んでしまっている。それがこの国の人々のセタに対する本当の評価なのだろうか。