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「え……指名手配、ですか?」
「そうだ。お前、まさか貴族にでも喧嘩売ったか? それとも、セタに関わったばかりにとばっちりでも受けたか」
コウは自分が指名手配されたという事実にただただ深い衝撃を受け、少女のあまりに辛辣な物言いを咎めるどころではなかった。
何故自分が指名手配されたのか。本当にセタの腹心と見なされ嫌がらせを受けただけなのであれば、もっと早くに起こっているはずだ。それが何故今このタイミングなのか。これではただ騒ぎを大きくするだけでしかない。それとも、初めからそれが目的なのだろうか。
「もしかすると、ロプトの仕業かも知れません」
「セタ殿と共犯関係にあるように喧伝して、悪評をより広めようといった所ですか。まったく、えげつないというか何というか」
そうロランは渋い表情で小さく溜め息をつく。こういったやり口に対する不快感を示しているように見えるが、コウは自分と同じくセタの風評を不当に貶めている事を不快に思っているように感じた。
「ま、別にどうであろうと関係はないがな。ほら、早速行くぞ。夜明け前までにはベネディクトゥス国へ着くように移動するからな」
傲慢な口振りの少女は手にしていた羽ペンをインク壷へ投げ入れると、机を叩きながら立ち上がった。そして今し方しきりに書き込んでいた紙をロランへ突き出す。
「それがプランだ。準備はもう出来てる」
「流石、仕事が速い。やはりあなたに頼んで正解でした」
「私は商売としてやっているだけだ。金払いの良い客を優先するのは当然の事だ」
少女は傍らに控える青年に上着を着せて貰いながら、事務的にそう語る。実際のところ金額の多寡だけで見ているのは本当なのだろう、彼女の態度にそうコウは感じた。
「なるほど、検問が敷かれるであろう陸路ではなく、海路を使いますか。それにしても貨物船とは何とも豪勢な」
「妊婦の移動には丁度いいだろう。船籍も偽造してある。それにサンクトゥスには臨検という制度自体が無い。一度海へ出れば後は成功したも同然だ」
まさか船で亡命とは。
たった四人を渡すために船を貨物船を用意するなんて、確実ではあるがそれ以上に資金や手間のかかる方法だとコウは思った。その分の金は払っているのだろうが、それほどまでカラティン王はセタに入れ込んでいるのかと驚きと呆れが入り混じった感情を覚える。
「ほら、行くぞ。港までは馬車で移動する。買収した見回りの連中だって、そんなに長くは見逃してくれないぞ」
彼女に急かされながら部屋を出て、今度は来る時とは打って変わってひたすら真っ直ぐ道を進んだ。長い古木の廊下は窓が一つも無く、深夜という時間帯のせいかしんと静まり返っている。それはまるで深い地下道を歩いているかのように錯覚させられた。コウは巡回の仕事をしているため町の地理にはかなり詳しいつもりでいたのだが、裏路地のスラム街のような所にこれほど大掛かりな施設があるとは思いも寄らなかった。
しばらく歩いていると、前方から唐突に眩しい光が漏れ出ているのが見えた。いつの間にか周囲も騒がしくなり、何処からか大勢の人々の談笑する声や騒音が聞こえてくるようになる。そこは明らかに周囲を警戒しながらそっと入ったあの裏路地とは異なる場所である。
「あの、ここは何処なのですか?」
「繁華街のど真ん中だ。ここなら、朝まで営業してる御者がいる」
「まさか、さっきの建物からずっと道が続いていたのですか? 地下を掘って」
「そういう事だ。無論、勝手に作った違法な建築物だな。誰にも話すなよ? まあ、直にこの国を出るお前らには杞憂か」
やがて道の終点まで来ると、少女は明かりの漏れ出ているそこに手をかけると、一気に横へ引いた。それは鍵のかかっていない引き戸だったようで、戸は耳障りな音を立てながら道を開いた。
「あっ、どうもこんばんわ」
辿り着いた先は、待機中の御者のために設けられたらしい詰め所の仮眠室だった。そこには一人の中年の男が待っていて、早速挨拶を交わす。
「先に伝えた通りだ」
「へい、伺っております。いつも御贔屓にまいどあり」
「礼はいい。さっさと仕事に取りかかれ」
「もちろんでさ。さあ皆さん、こちらへ」
男に促され仮眠室を後にする。散らかった詰め所を通り抜け、馬車と馬が並ぶ見慣れた乗降場へ出る。馬車が五台もある非常に広く大きな乗降場だったが、他に誰も人が居らず、近隣の騒音以外には馬の息遣いしか聞こえなかった。
「さ、こちらへ。お足元にお気をつけて」
男に促されたのは、数名が楽に収容出来る大きな客車だった。コウも未だ一度も乗ったことのない豪奢な作りである。これに今から乗る事が出来るのか、と期待を膨らませるものの、コウは乗り込むよりも先に外装のエンブレムに目が止まった。
「これ……王族の家紋では?」
「そうですよ?」
「王族の持ち物なんですか? それとも……」
「まあ、野暮な事は言いっこ無し! これも含めて、既に仕込み済みなんですから」
王族の家紋を勝手に使う事は、王族への侮辱罪であり死刑は免れない。だが、少なくとも今夜だけはそうならないよう買収などの下準備をしているという事なのだろう。それに大抵の者なら、王族の家紋がある馬車を止めるなどという自殺行為はまずやらない。