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食事を終えてから何時間かが経過する。既に夜も更けて、普段ならばとっくに眠っている時間になった。マリーは寝室へ寝かせているが、コウとセタは最小限の小さな明かりだけで居間で待機していた。これからカラティン王の使者、つまりロプトがここへやって来る。そこでいよいよこのサンクトゥス国からの亡命を開始するのだ。
その前に、コウはセタへ打ち明けなければならない事があった。ロプトはコウが何のためにこの国へ潜り込んでセタへ近付いたのかを知っている。これからやって来るロプトにしてみれば、コウはロプトにとって敵でしかない。セタだけでなくこの場を混乱させかねないのだ。
告白は非常に勇気が居る事だった。言わなければ絶対に良くない状況になると理屈で分かっているにも関わらず、その勇気がなかなか出て来ない。自分の正体を明らかにするのは、それほどの事なのだ。
しかし、こうしていられる時間もあまり無い。コウは遂に決心を固め、おもむろにセタへ向かって話し掛けた。
「あの……団長」
「ん? どうしたんだい。もしかして緊張してる?」
「いえ。実は、先にどうしても言っておかなければならない事があって」
「大事なこと?」
「はい。とても重要な事です」
セタは小首を傾げながらも、コウの話を真剣に聞こうとする顔を見せる。そしてコウはまず、袖の中にいつも忍ばせている暗殺用のナイフを取り出すと、それをゆっくり静かにセタの前へ置いた。
「これは……」
ナイフを見たセタの顔が険しくなる。このナイフが単なる生活用品では無い事くらい、作りを見ればセタでもすぐに分かった。そして険しい表情を今度はコウへと向ける。
「何故君はこんな物を持っている? これは、明らかに人を殺すためのナイフ、暗殺用のものだ」
「それは、自分は本当はあなたを暗殺するためにこの国へ潜り込んだ人間だからです」
「私を暗殺? しかもこの国に来たって、君はサンクトゥスの人間じゃなかったのかい?」
「俺は、サンクトゥスとベネディクトゥスの旧国境付近出身の孤児です。それを国王、今はカラティン新王に上王へ追いやられていますが、拾われて育てられました。ベネディクトゥスの人間です」
「先代の王……その人に、私を暗殺するように言われたのか。なるほど、先の戦争で私には辛酸を舐めさせられたから、その仕返しって事か。でも、どうしてそれを今になって打ち明けるんだい?」
「今まで暗殺しなかったのは、しなかったのではなく出来なかっただけです。あなたは強い。多少不意を打ったって到底かなわないくらいに。だから、油断してくれるよう信用を得る事にしました。この四年真面目に騎士団の仕事に従事したのはそのためです。それを全部ふいにしてこうして打ち明けるのは、もうあなたを暗殺する事は止める決心がついたからです」
「どういう事かな。何故止める決心を?」
「一つは、上王とは言えもはや何の権力もない人間の、単なる恨み辛みで意味もない暗殺命令に従う事は無益だと思ったからです。それでも、自分は上王には今まで養育して戴いた恩があります。だから、なかなかすぐに決心がつきませんでした。そしてもう一つは、単純にあなたの人柄に惹かれたからです。もっと言ってしまえば、きっと不愉快かも知れませんが、この国のあなたに対する冷たさに同情心もあります。自分は、あなたと奥さんには相応の幸せを手に入れて欲しいと思っています。だからこの亡命も、俺は一切邪魔するつもりはありませんし、出来る限りの手伝いをしたいと思います。……これまでの話を信じ、それでもまだ俺を第十三騎士団の団員だと思っていてくれるなら」
あらかじめ言葉まとめていた訳でもない、ただ思いついたままに思いの丈をぶつけた。にも関わらず、自分の言いたい事は全て言い切ったとコウは思った。そして、セタに信用されるされないは二の次で良いとも思った。セタに何と言われ思われようが、セタがこの亡命で平穏な暮らしを得てくれるならそれで充分満足なのだ。
セタはどんな返答をするのか。問答無用で追い出されたり、はたまた口を封じられるのではないか。そんな不安を持っていたコウだったが、セタの様子は穏やかで落ち着いたものだった。
「そうか……私は、全然君のことを知らなかったんだね。すまない。昔から私は気が回らないし、戦う事以外では酷く鈍くて」
「え? いや、あなたが謝るような事では」
「本当に良い団長なら、もっと早く君の悩みにも気付けてやれただろうさ。全部、私の力不足だ」
コウの告白に対し、セタの答えは謝罪だった。今まで騙し続けて来た人間を、こうもあっさりと許し受け入れるなんて。一度は困惑するコウだったが、すぐにそれが自然な事なのだと理解が出来た。そう、セタのこの考え方と態度。これが、彼に損ばかりをさせる一番の原因なのだ。セタには理解者も支持者もいる。けれど、それ以上に多いセタへ悪意を持つ者達は、こういったセタの下手に出る態度を気に入らなく思うのだ。反発すれば良い訳でもなく、結局の所はただの理不尽である。そしてこの理不尽さが、遂にはセタのような愛国者に亡命を決意させてしまったのだ。
本当に損ばかりする人柄である。しかし、コウはそんなセタを嫌いではなかった。ロプトが、セタが王族や貴族からこのような扱いを受ける事は気に入らないと言ったが、手段はともかく彼の気持ちも充分理解出来る事である。