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 ようやくセタを見つけたのは、その日の晩のセタの自宅近くでのことだった。丁度帰宅途中だったセタの方から、付近で捜索をしていたコウへ声を掛けて合流する事が出来たのだった。
「どうしたんだい? こんな時間にわざわざ」
「いえ、その、ちょっと急な報告と言いますか」
「まあ、とにかく。立ち話もなんだから、家へ入ろう」
「あっ! いえ、それには及びません。何というか、今ここで」
「ここで? そう……」
 当然だが、あの話をセタの妻マリーへ聞かれる訳にはいかなかった。そしてセタも知られたくはないだろう。
「分かったよ。じゃあ、あっちに。もう誰も住んでいない空き家があるから」
 セタに連れられ、コウはすぐ近くの空き家へと入っていった。そこはあまりに古びているため、床を歩くだけで酷く軋み耳障りな音がした。当然通りがかる人もいないが、軋む音のおかげで万が一盗み聞きに来る者がいてもすぐ気付くことが出来るだろう。正に密談には打って付けの場所と言えた。
「あの、第二騎士団のトマスって人の話は聞きましたか? なんでも昨日から行方不明になっているそうで」
「ああ、俺も少しばかり話をさせられたよ」
「こっちも話を訊かれました。まだ数人くらいですけど、帰って来ない事を深刻に思ってる人がいるようです」
「そうか」
 セタはこれと言って表情を変える事も無く、ただ頷き返した。
 これはセタの誘いなのか、それとも本当に心当たりが無いのか。だが、心当たりが無いという事は有り得ない。セタはトマスを刺殺した後、凶器となったナイフを捨てて逃げているのだ。トマスが行方不明である事に、何も疑問を抱かない訳が無いのだ。
「君はトマスには会ったのかい?」
「え? いえ、全く……。面識も何も無い相手ですから」
「じゃあ、どうしてわざわざ訊ねてまで来たんだい?」
「えっと、それは……。自分が偶然見てしまったからです」
「何を?」
「その……トマスが団長を脅している所です」
 するとセタはいささか渋い表情を浮かべた。
「あんな風に突っかかられる事なんて、大して珍しくはないよ。昨日今日に始まった事じゃない。それとも、それが気にかかると?」
「い、いえ、それは……」
 セタはおもむろに横へ一歩足を進める。何故急に立ち位置を変えるのか。少し考え、コウははっと息を飲んだ。セタは、この場所からの広い退路を塞ぐような位置へ移ったのだ。
「遠慮はしなくていい。いつものように、本音で話せばいいんだから」
 コウは自然とセタの両手の位置を見た。セタの両手はダラリと下へ下がったままで、腰の剣へは伸びていなかった。けれど、セタはこの国で一番の使い手と言っても過言ではない。彼が一度本気を出したなら、自分などあっと言う間に斬り伏せられるだろう。
 下手な嘘は意味が無い。
 意を決したコウは、セタの顔を正面から見据えると、意識してゆっくりはっきりとした口調で話し始めた。
「自分、昨夜遅くに見たんです。路地裏の奥の目立たない場所で。団長がこっそり歩きながら、ゴミを捨てて帰ったところ。ゴミはすぐに確かめました」
「それで?」
「ナイフでした。乾いていない血の痕が残ってる……」
 僅かな沈黙。それはコウにとって、酷く長い時間に感じた。
「君は俺に何を言わせたいんだい?」
「団長……殺しませんでしたか? あのトマスを」
「ナイフはどうしたんだい?」
「処分しました。場所は言えませんが、トマスと一緒にあります」
「そう、だからか……」
 セタが否定の言葉を口にしない事は、コウにとって驚くほどショックだった。セタが事実上殺人を認めたことになる。それを俄には受け入れがたかった。
「それで、君はこの事を確かめにわざわざ来たのかい?」
「それもあります。その、何というか、まだ頭が混乱していて」
「言質を取って通報する、と」
「そうは言っていません!」
「何故?」
「それは……」
 そう、何故なのか。
 自分の目的は、セタを暗殺すること。そして、戦勝に酔っているこの国を混乱させ、上王を喜ばせること。セタをかばうのは、彼が拘束されればそれだけ狙いにくくなるからだ。
 しかし、本当にそれだけだろうか? セタをかばうのにあれほど尽力するのは、そのためだけだったのだろうか。
「なんだか、君には随分と迷惑をかけてしまったみたいだね。本当に申し訳ない」
「えっ? いえ、そんな」
 セタは突然とコウへ謝罪をする。コウはセタの態度に困惑した。最悪、自分は口封じをされかねないと思っていただけに、あまりに拍子抜けの反応である。けれど良く考えてみれば、本来のセタはまさにこういう善良でお人好しとしか言いようのない人柄だった。少しでも人の手を煩わせてしまえば、それは彼にとって自らの失態と捉えてしまうのだ。
「君は、誰にも疑われてはいないんだね?」
「え、ええ。おそらくは。でも、この先はどうかは分かりませんが」
「そうか……もしかすると、君もこの国には居られなくなるのかも知れないね」