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一体、どうして今になって騎士の話が急に立ち上がったのか。コウはあまりに良過ぎるこのタイミングに、ロプトと繋がっている内通者の事を意識せざるを得なかった。本来、正式な騎士の称号は、騎士団長若しくはそれ以上の権限を持った者の承認が得られなくてはいけない。そのため、本来なら戦争孤児の見習いなどが許可されるはずがない。コウに騎士号の話が舞い降りたのは、ここが第十三騎士団だからだろう。
セタが自分を正式な騎士として取り立ててくれた理由。普通に考えれば、これまでの真面目な仕事ぶりを評価しての事で、おそらく周囲もそう見ているだろう。だが、ここにはロプトと繋がっている内通者の存在がある。もしもこれが、自分の行動を制限するための、内通者からセタへの入れ知恵だったとしたら。
そこまで考えたコウだったが、それ以上は止める事にした。この四年近くセタを間近で見て来て、彼がそういった策略に乗るような人柄ではない事は、他の誰よりも知っている。今回の事は、あくまでセタの間の悪い好意だ。それよりも、今後の事を考えなければならない。第十三騎士団の団員に限るが、月に何度か必ず夜勤があるのだ。もしその晩とセタの決行日が重なりでもしたら、そのまま取り逃がしてしまう事になるのだ。
騎士号を正式に受けた翌日、早速コウに夜回りの任が回ってきた。まだ件の密入国コーディネーターから新たな情報を手に入れていない中、夜の時間を奪われる事に懸念があったが、初めての夜回りという事もあってかセタが同行を自ら申し出た。ひとまず今夜の決行は無い、コウは内心それだけは安堵する。
今回の夜回りは、市街から僅かに離れた場所にある墓地が対象だった。そこは最近作られた新しい墓地で、地価と立地により主に富裕層を対象としている。そのため、墓泥棒による被害が今の時勢に何度も届けられている。この夜回りもそういった被害を受けて聖騎士団が対応しているという、いわば宣伝活動に近いものだ。当然だが普通の団員は夜の墓地の見回りなど引き受けるはずもなく、例の如く第十三騎士団へ回ってきたのだった。
セタと共に今夜の巡回場所となる新興墓地へやってくる。昨日は雨が降ったため地面がぬかるんでいると思っていたが、富裕層向けの墓地だけあって墓地内のほとんどが石畳に舗装されているため、コウの良く知る墓地のような歩き難さは無かった。だが雨上がり特有の蒸し暑さと、幾ら新興でも夜の墓地という不気味さだけは否めなかった。
「せっかくの初仕事がこんなのですまないな」
「いえ、第十三騎士団ではいつものことですから」
セタと二人並び夜の墓地を歩く。日頃からおかしな仕事ばかりやらされているため、今更墓地の巡回ぐらいで困惑するような事はない。けれど、こういった状況をセタが自ら作った事にはいささか驚いている。おそらくロプトは既にセタと接触しているだろう。そうなると自分がセタを殺しに来た暗殺者である事も知られているはずである。そんな人間と、こんな目撃者も居ない場所でわざわざ二人きりになる心理は何なのだろうか。この状況で襲われようと返り討ちに出来る自信があるとしても、わざわざそうする事に何か裏の理由があるのか。
セタの胸中をあれこれと推測しながら、淡々と巡回を続けるコウ。念の為いつものように暗殺用の短剣は忍ばせて来ているが、今は公務中であり、セタも帯剣している。どうやろうともセタにかなうはずがない。
不意打ちのチャンスもあるか、などと考えていた時だった。突然セタが歩きながら話を切り出してきた。それは初め何でもない雑談かと思ったが、セタの口調が妙に思い詰めたかのような重い雰囲気で、意表を突かれたコウは急に何を言い出すのかと全身に緊張が走った。
「お前は確か、家族が居ないんだったな……?」
「え? 何ですか急に。はい、まあ、その。みんな戦争で死んだらしいです。俺が小さい時の話なんで、全然覚えて無くて」
「俺もそうだ。まあこの国じゃそんなに珍しくはないよな。全部、あの戦争のせいだ」
コウはセタの言葉にぎょっとした。セタは周囲から英雄と呼ばれる事はあっても、自ら進んで当時の話をする事は今まで一度も無かったからだ。
「あの……戦争に対する批判は止めた方がいいですよ。国家批判と捉えられかねないですから」
「ああ、分かってる。でも今なら誰も聞かれたりしない」
「自分が居ます。誰にも密告はしませんけど」
「そのつもりで言ったんだ」
そのつもり?
セタらしくない言い回しにコウは、自分の心臓が強く高鳴るのが分かった。セタは何か別の理由があって、自分の夜勤に同行をしたのだ。それを確信した瞬間、コウの焦りと緊張は最大限に高まった。まさかセタは暗殺者の自分を殺すつもりなのか。コウはあまりの恐怖心から、思わず隠し持っていた暗殺用の短剣を抜き放ちそうになった。
一体セタは自分に何をしようというのか。
極度の緊張感と恐怖心で混乱しそうになるコウ。するとセタは、コウにとって驚くべき言葉を口にする。
「国家への批判だと、そう思われても俺は一向に構わない」