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 実戦で最も大事なのは、先手は必ず取ること。先手を取れず後手に回り、そのまま挽回出来ず負けてしまう者があまりに多過ぎるからだ。
 エリアスは冷静さを装いつつ、頭の中では道場で教わった事を何度も何度も反復した。素人のケンカなど物の数に入らないはずの実力はあっても、生来の気弱さのせいでそれを発揮出来ない事は良く知っている。だからこそ、今後どういった展開になっても構わないように、エリアスは何時でも戦えるよう気組みを作っておいた。
 二人の男に連れられ、店の奥にある区切られたエリアの中へ入る。そこはゆったりとした広いボックス席が幾つか並び、そのいずれにも半裸の女性達が侍らされていた。目を覆いたくなるような光景に動揺しつつ、更に奥の方へと向かう。
 階段を二つ登ると、そこは先ほど見上げた踊場のスペースだった。そこから店内がほぼ一望でき、不思議な優越感に浸る事が出来る。
「こっちだ」
 そしてエリアスは、踊場の中央辺りに作られた広く豪華なボックス席の所へ連れて来られた。そこには、明らかにかたぎとは違う独特の雰囲気をまとった男が三人、シートに背を預けたままの不遜な態度で座っている。経験上、こういった落ち着き払ったタイプが一番怖いことを思い出す。人を殴るのに感情を高ぶらせなければ出来ないのが普通の人間だが、こういったタイプは笑いながらでも予告無しに人を殴る事が出来るのだ。
 エリアスは、テーブルを挟んで彼らと向かい合う席に座らされる。周囲をぐるりと彼らの部下らしい人間達が取り囲んだ。どれも喧嘩慣れした雰囲気を持ち、セディアランド人は一人もいない。そしてもう一つ気付いたのは、この場の全ての人間が自分と同じくらいか若しくは更に若いという事だ。ここは査察部で読んだ資料と一致する。
「お前、ここの人間じゃないな。何処の誰だ? 何の用事がある?」
 三人の内、中央の青年がそう問い掛ける。視線は鋭く、息をするにも注意深くせねばならないような威圧感があった。こういった交渉の時は、とにかく弱気な様を相手に見せてはならない。アントンの教えを思い出し、エリアスは平素の姿でいる事を努める。
「私は国税局査察部の人間です。あなた方、青の翼のボスであるロズという人物に会いに来ました」
「国税局? なんだ、税金の催促か?」
 右側の青年が小馬鹿にしたように軽口を叩く。
「納税の義務を果たせと言うなら、お断りだ。お帰り頂こう。こちらも、無闇に官吏を海に沈めたくはない」
 左側の青年は、幾分か知的な話しぶりだった。しかしその分、表情にはより強い残虐性が感じられる気がした。
「納税の件ではありません。本気でそのつもりなら、わざわざ一人で来ませんから」
「だろうな。それに、あんたは潜入にしても素振りが素人臭い。で、要件は何だ。一応、ここが危険な事ぐらいは分かって来ているんだろう?」
「重要な要件です。まずはロズ氏だけにさせて頂きたい」
「俺達三人がロズだ。三人の総意がそのままロズになる」
「そ、そうですか……」
 ロズとは個人名ではなく、この三人の事を指していたとは。そう驚きつつ、エリアスは状況を整理する。
 彼らが青の翼のボスであるなら、あまりに呆気なく接触出来た事になる。そして彼らは、自分が何かしら官吏の人間であると分かった上でこうして接触を許した。つまり、彼らがそういったつてを求めているという推測は正しかった可能性が高い。なら、本題に入っても大丈夫だろう。
「夜の影というマフィアの組織を知っているでしょうか?」
「いいや。お前は?」
「ああ、役人と組んでガラクタを売りつけてる連中だ。そう言えば、最近国税局と揉めたらしいな。それに関係があるのか?」
 左側の青年が静かにそう問う。夜の影の商売のみならず、最近の動向まで把握している事には驚きを隠せなかった。だが、そういった事情を知っているのなら話は早くなる。
「こちらの目的を話します。我々は夜の影と組んでいるその役人、彼を起訴し社会的に抹殺したい。あなた方にはその支援をお願いしたいのです」
「その役人は財務省の人間だ。国税局にしてみれば、親に当たる組織のはず。信用ならないな」
「査察部は、その親に殺されようとしています。なら、逆らうしかないでしょう」
 国税局は財務省の内局であり、その再編計画で在り方を変えられようとしている。そしてその中に査察四課の現メンバーは残らない。これを阻止するためには、国税局を指揮する総括官オリヴァーを失脚させる他ないのだ。
「それで、見返りは何だ?」
「夜の影の縄張りを差し上げます。そちらの切り取り次第で」
「違うね。切り取るのを黙認するって事だろ? そもそもの管轄の違う国税局は。そういうのは、差し上げるとは言わねえな」
「なら、足掛かりを提供しましょう。聖都の中心街付近の地理は不案内でしょうし、夜の影の拠点も分からないはずです」
「俺達と手を組むという事か? ハッ、それこそ信用できるものか」
「では自分を青の翼へ加入させて下さい。正式に、証文を残すような形で」