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 聖都中央拘置所。そこは、主に世間的に影響の大きい被疑者が中心に拘置される施設である。エリアスのような査察四課が対象とする人間とは、まるで縁のない人種である。そのためエリアスは、拘置所の場所は知っていても中へ入る機会は一度も無かった。
 面会の受付口は無く、管理員用の通用口から要件を述べ、中でその手続きを取る形になっていた。おそらくここへ面会へ来るのはせいぜい警察関係者で、彼らは身分証のみで中へ入る事が出来る。部外者の訪問など、ここではまず起こり得ないのだ。
 通された面会室は、広めのホールに幾つかテーブルとイスが用意されたものだった。同じ部屋に被疑者と面会者を一度に集めるのは問題があるのではないかと思ったが、そもそも面会自体がそう頻繁にある訳ではないらしく、他には誰もいなかった。むしろ、室内の要所要所に配置されている警備員の方が遥かに数が多く、ある種の無駄さえ感じてしまう。
 しばらくして、ベアトリスが警備員に連れられ入室してきた。手足に枷は無く比較的自由度の高そうな格好は、まだ彼女が刑確定前の被疑者扱いだからだろう。それとは別に、ベアトリスの気性の事も懸念していただけに、エリアスは深刻そうではない姿にひとまず安堵する。
 ベアトリスは見るからに不機嫌そうな表情で、憮然としたまま向かいの席へと着いた。こういった時の威圧感はいつも通りで、エリアスは思わず背筋を伸ばし緊張させる。
「くっそ、面白くねえな。おい、今どうなってんだよ?」
「何とか無実証明のために、証拠固めをしています。それで交渉に持ち込み、何とか不起訴にしたいと思ってます」
「バカ、そうじゃない。アタシの事より、オリヴァー周辺の方だ。こうなると、連中もどこかしら油断する。そこを奇襲するんだよ」
「ですが……オリヴァーは油断しているかも知れませんが、周辺や仲間まではそうとは限らないでしょうし……。あのマフィアにしても、こちらへの警戒は解いていないと思いますよ」
「お前さ、もしかしてアタシが、そいつらを殴って仕留めろとか、そう言ってるって思ってんな?」
「えっ? あ、ああ、いや、その」
「ったく……。アタシは先生みたいには教えられねーな。殴って解決すんのは、雑魚相手だけだ。それを、どうしてこの間三人でわざわざ暴れたと思ってんだ」
 この間のこと。それは、オリヴァーと繋がりがあるマフィアの拠点へ、アントンを含めた三名で殴り込んで散々挑発した出来事のことだ。これでは何の進展もないと、終始困惑していた事を思い出す。
「いいか、良く聞け。あれに興味を持つのはどこの誰だ? 国税と揉めたって聞いて、情報を集めたくなるような奴らだ」
 あの日の出来事に興味を持つ者。まず思い付くのは、オリヴァーである。これを理由に、自分に逆らう存在を粛正にかかれるからだ。そして事実、現在のベアトリスがこうである。
「そうじゃねえ。もっと良く考えろ。お前はこの件の関係者を限定し過ぎだ」
「すみません……。ですが、今回は時間がないので」
 答えを教えて欲しい。
 まさにその言葉を言いかけた時だった。
「時間だ」
 会話を遮るように、警備員がテーブルの横に立つ。そして一方的にベアトリスを立たせると、そのまま元来た入り口の方へ連行していく。
「いいか、利害を良く考えろ。そうすりゃ、お前ならもう分かるはずだ」
 ベアトリスは最後にそう言い残し、面会室から去っていった。
 そんな事を言う暇があれば、もっと分かりやすい解答を言えたのではないか。そう思うのも束の間、エリアスは自分の浅はかさに気付く。ベアトリスの言葉がいちいち曖昧な表現なのは、おそらく答えをオリヴァーに伝えられる危険性があるからだ。査察一課がオリヴァー側に付いた以上、拘置所と言えどもオリヴァー側の人間がいないとも限らないのだ。
 しかし、この状況。一体どうすればいいのか。
 そう頭を悩ませるエリアスは、何も答えの出ないまま拘置所を後にした。
 庁舎に向かって歩く中、エリアスの頭はベアトリスの示唆した事で一杯になっていた。自分達がマフィアと揉めて、その事を知った誰かが興味を持つ。その構図が良く理解できないのだ。
 自分になら本当に分かるのか。これまで自分が携わってきた事など、ベアトリスやアントンに連れられ普段の日常では絶対に関わらないような人間達と取っ組み合うようなものだけだ。時には本当に殴られもし、一度は入院までも経験した。場慣れはしたかも知れないが、肝心の捜査や情報収集については基本的な事も分からないのだ。
 分からない事を理由に、このまま諦めたくはない。だが、実際分からない事にはどうにもならない。
 一体普段の業務では、どういった経緯で情報を手に入れていたのだろうか。予想として、近隣の住人などからの告発だろう。商売関係であれば、同業他社からの線も有り得る。不当な手段で利益をあげられては、自らの業務にも支障を来すからだ。
「……あ!」
 その時、エリアスは唐突に道端で立ち止まり大声を上げた。そんな様を道行く人々は一旦奇異の視線を向けるものの、またすぐに元の道行きへ戻る。だがそんな事も構わず、エリアスは今の閃きに必死で思考を巡らせる。
 マフィアが国税局と揉めて、その事実を知りたがるような者。それは、彼らの同業他社、彼らの縄張りを欲しがっている者、即ち彼らと別のマフィアだ。
 彼らの活動は表では目立たないが、彼らの流儀、弱肉強食が根本にある。だから、何かしら下手を打ったと思われる組織の事を知れば、少しでも自分達の勢力を拡大すべく、弱みにつけ込み追い落とす計画を立てようとするはずなのだ。