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 オリヴァーの件が未だ停滞を続ける中、それはある曇りの朝に突然と起こった。
 その日は執務室に普段よりも多くの人が詰めていた。いずれもオリヴァーの件を諦めておらず、これまでに得た情報を交換し新たに方針を模索するために集まっていたのである。そこへ、突然と訪問して来た数名の見慣れない男達。ただ、アントンやボスは彼らの事にすぐに気付き、表情がたちまち深刻さを帯びた。
「査察一課だ。ベアトリスはここに来ているか?」
 男達の一人が、やや高圧的な口調で問い掛ける。そして案の定、ベアトリスはすぐさま席から立ち上がり、露骨に不機嫌そうな顔をして舌打ちした。
「一課が何の用だよ? 手を借りたいってんなら、それなりの態度で来いよ」
 喧嘩腰のベアトリスを諫めようと、ボスは何度も手を振りながら席に着けと言葉にならない妙な声を出す。けれど、ベアトリスは一向に意に介さなかった。
 数名の男達、普段は全く接点の無い彼ら一課を前にも堂々と振る舞うベアトリス。けれど彼らは、これまで以上に高圧的に、そして毅然として宣言した。
「ベアトリス、お前には所得税法違反及び金融商品取引法違反の容疑がある。よって、これより身柄を拘束させて貰う」
「は? テメー、いきなり来て何をワケの分かんねー事を言ってやがる。アタシがいつそんなことをやらかしたんだよ」
「逮捕状は用意してある。弁護士が必要なら、国選弁護人なり連絡を取ろう」
 目前に突き付けられた書類、その内容にベアトリスはそのまま立ち尽くしてしまった。ベアトリスも過去に何度か逮捕状を請求し、本物のそれを目にした事がある。だからそれは自分で確信出来てしまうほど、本物に間違いなかったのだろう。
 放心しているベアトリスの隙を突き、別の男達があっと言う間にベアトリスを後ろ手に縛り上げてしまう。そして、こちらが何か反論をする前に、ベアトリスを連れて執務室を出て行ってしまった。あのベアトリスがあまりにあっけなく連行されてしまった事に、エリアスはただただ絶句するばかりだった。
 一体何が起こったというのか。訳が分からない。
 とにかく、ベアトリスが一課に正式に逮捕されてしまったが、そんな犯罪を犯すとは到底思えない。何かの間違いであるはずだ。
 エリアスはすぐにその後を追おうとする。しかし、
「追うな! 余計状況が悪くなる!」
 声を張り上げ制止したのはアントンだった。同時に、周囲もまたハッと我に返ったかのように口々に今の出来事について確認などをし合う。
 ベアトリスが逮捕されてしまった。それも、寄りによって同じ国税局の身内である査察一課にだ。一体何が起こっているのか。明確な回答を求め、エリアスは皆の顔を見る。しかし、誰も状況をよく把握していないためか、渋い表情を浮かべて視線をそらすばかりだった。
「……とにかくだ。お前ら、迂闊な行動は取るなよ」
 そう苦々しく語るボス。エリアスは反射的にこの現況を訊ねた。
「迂闊な行動という事は、先輩のこれは見せしめ的な冤罪であって、今後も我々がまた同じような目に遭う可能性があるという事ですか?」
「それだけじゃねえ。一課が動いてんだ。これはつまり、とっくにオリヴァーがこっちの動きを掴んでいて押さえ込みにかかってるって事だ。そうでなきゃ、逮捕状なんて持って来れるはずがねえ」
「財務省もグルなのですか?」
「そこはさすがにオリヴァーだけだろう。けど、国税局に関しては最も影響力の強い人物だ。内局の俺らには、逆らう事も許されないもんさ」
 オリヴァーは最近の査察四課の動向を知っているのだ。そして一課を使ってきたという事は、一課は完全にオリヴァーの側に着いたという事である。
 多少の妨害は覚悟はしていた。しかしまさか、こんな直接的な方法を使ってくるなんて。一課は政治家や大企業を相手とする、国税局でも選りすぐりの人材が集まる部課だ。そんな彼らが証拠を捏造し、不当な逮捕に及ぶ。それも、たった一人の保身のためにだ。あれだけ政治家や経済人が刷新されたこのセディアランドで、未だにこんな事が起こり得るのか。そうエリアスは、徐々に困惑から覚め、顔も知らないオリヴァーに対する怒りが込み上げて来た。
「エリアス、お前のような若い奴は標的にされやすい。なにせ、世間には大して目立たないからな。だから、特に注意しろよ。迂闊な事をすれば、お前も二の舞いだ」
「大丈夫です、分かってます」
 出来る限りいつも通りに。そうエリアスは自分に言い聞かせながら、平素を装い返答する。
 今ここで感情に任せて何かをするのは、非常に大きなリスクを伴う。それは理解できている。けれど、ふつふつと湧き上がる強い感情を、エリアスはいつもの様に抑え込む気にはなれなかった。