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 必要なのは、物証である。エリアスは、何度もその言葉を頭の中で繰り返した。
 オリヴァーは、二束三文の品物を自分の息のかかった数名に譲渡している。その数名は、それぞれが別の誰かに売却、中間マージンを得る。その誰かは価格を上乗せし、また別の誰かに売却する。そうやって自動的に顧客を増やしていくのだ。
 売却益は、オリヴァーの息子が経営する店に還元される。その金はオリヴァーの運営する慈善団体を通して洗浄される仕組みだ。押さえるのは、オリヴァーの作り出した売買ツリーと、息子の店との金の繋がりを示す何かだ。それさえ証明する事が出来れば、オリヴァーを起訴し失脚させる事が出来るのだ。
 では、どうやってオリヴァーの作る金が息子の店へ入っていく事を証明すればいいのか。一番簡単で確実なのは、物証である。これが揺るぎない結論だ。少なくとも、査察部にとっては。
 その日、エリアスはベアトリスと共にオリヴァーの息子、カールの店へやってきていた。カールの経営する店とは、さして珍しくもない古物商である。ウィンドウを見る限り、一番の売りとしているのは宝石や貴金属の類だ。有名なブランド物も僅かだが扱っている。こういったものを安く買いたい人には需要があるのだろう。
 古物商は、こういった場合に非常に都合が良い。古物商は、ある特定の界隈でしか価値のない物にも併せた値段で売買を行う。世間一般にはがらくただとしても、理由さえあれば幾らでも価値が付けられる。それは法的な補償に関する査定にはならないものの、特に今回のような資金洗浄の手段としては十分だ。
「よう、お前。今更なんだけどさ、こういう店って入ったことあるかよ?」
 二人並んでショーウィンドウを眺めながら、唐突にベアトリスがそんな事を訊ねてきた。
「少しだけ。家具を揃えるのに入った事があります」
「じゃあよ、こういうのに詳しくねーと、この店には入り難いのかな」
 いつになく消極的な口調で訊ねるベアトリスは、ウィンドウの中にある宝石やバッグなどを指さした。
「た、多分……。ブランド物は特に、価値が分かる人じゃないと買わないでしょうから」
「マジかよ、アタシはさっぱり分かんねーぞ」
 ベアトリスに、そんな可愛らしさなど誰も期待はしていない。ならばそもそも、どうしてこの組み合わせで調査に送り込まれたのか。エリアスは、決定したボス達の判断に苦悩する。
「店員に訊いてみるのはどうでしょうか? こう、ブランド物に興味があるけれどどれが良いものか分からないという風に」
「いけるか……? とりあえず、入ってみるか」
 二人は恐る恐る店の中へ入る。そもそも失敗が許されない案件だけあってか、ベアトリスの普段とは違う慎重な調子に、エリアスは心なしか物足りなさを感じていた。とは言え、仕事にスリルなど欲しい訳ではない。目立つ動きをしないよう、エリアスもまた恐る恐るのベアトリスに調子を合わせる。
 店の中には店員らしい青年が一人、そしてカウンター越しに若い女性が一人いた。カウンターには手のひらほどのオブジェが幾つも並んでいた。何か美術品の買い取り査定だろうか。あまりじろじろ見るのも悪目立ちするため、それ以上は視界から外した。
「ねえ、これなんかどう?」
 ショーウィンドウの内側の前で、突然と普段とはまるで別人のような朗らかな口調で訊ねるベアトリス。エリアスは思わず困惑し、表情を引きつらせ口ごもってしまう。すると、すかさず態度を合わせろとばかりに肘鉄が脇腹を見舞った。
「あ、ああ。うーん、よく分からないなあ、こういうの」
 一体どういう設定での会話なのか。事前に打ち合わせなど無かったのだが、とにかくそれらしい調子でエリアスは受け答える。
「では、これで」
 その時、カウンターの方から店員の声と僅かな小銭の音が聞こえた。どうやら買い取り査定が終わったようだが、二束三文にしかならなかったらしい。女性の方は特に何も言っていない所を察するに、始めからがらくたの処分くらいにしか思っていなかったのだろう。
 単純に店の仕組みを知るならば、買い手ではなく売り手で来れば良かった。今頃になってそんな単純な事に気付き、エリアスは悔やむ。
 ひとまず、この店頭のところを幾つか訊ね、今回の所はあまり長居せずに退散した方がいいだろうか。そんな事を考え始めた時だった。
「すみません!」
 突然と店内に大声を出しながら、一人の若い男が飛び込んで来る。まさに丁度声を掛けようとした寸前のところで、エリアスは言葉と空気を同時に飲み込んでしまう。
「なんだあ? 騒々しいのが来たな」
 勢い良く入店した男は、どこかの棚から何か手にするや否や真っ直ぐカウンターの方へ駆けていった。そのあまりの慌てぶりに、エリアスはベアトリスと共にその様を眺めてしまう。
「これ、幾らですか!」
 息を切らせながら値段を訊ねる。カウンターに出したそれは、驚く事にまたしてもあの妙なオブジェだった。良く見ると向こうの棚の片隅に、同じような物が幾つかひっそりと並べられている。普通ならば見過ごしてしまうような目立たなさで、そこだけが全く売る気の感じられない陳列に思えた。