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「では、こちらが精算金となります。お確かめ下さい」
小さなトレイの上に差し出された現金を、エリアスはきちんと額を数えた上で受け取り、書類へ受領のサインを書き込む。業務上必要となった経費は、金額の大小に関わらず週の中頃に必ず精算していた。不用意に溜め込んで後々面倒な思いをするのが嫌で、こまめに処理しているのである。
国税局の庁舎は二階に位置するのは、国税局の経理課の精算窓口だった。そこは国税局に所属する全ての職員の経費精算を受け付けており、自分以外にも精算のため訪れている職員が多く見られた。
単なる少額の経費精算。別段初めてやる事ではないのだが、エリアスは今回ばかりはいささか緊張をしていた。この窓口の向こう側に居る青年、顔は知っている程度の彼の名前はフェリックスと言うのだが、実は彼が今回の対象者なのである。
フェリックスの脱税については、まだ査察部の間でも公然と話題にはなっておらず極々一部のみが知るところである。身内の犯罪ともなれば当然対応も慎重になるためだ。そして、これほど重要な案件にもかかわらず、何故か調査は四課へ回されて来た。おそらく、何かしらしくじった場合は責任を四課へ押し付けるつもりなのだろう、ボスはそうぼやいていたが、おそらくそれで正解だとエリアスも感じていた。
精算を終えて四課の執務室へと戻る。すると早速ベアトリスが待ちかねた様子で話し掛けてきた。
「どうだった? フェリックスの奴」
「いえ、普段通りでしたけど」
「何だよ、なんか話とかしなかったのか?」
「別にそこまで親しい間柄という訳では。それに、急に話し掛けてきたらそれこそ怪しまれますよ」
それもそうかと、ベアトリスは珍しく素直に引き下がり溜め息をつく。普段なら殴れ脅せと平然と言ってくるのだが、流石に身内が相手となっては慎重に対処せざるを得ないのだろう。
フェリックスは副業を行っている。脱税は、その副業の収入を隠匿し未申告にしているものだ。それならばすぐに取り締まる事が出来たのだが、問題はその副業にあった。フェリックスは定期的にその企業へ対してアドバイザー的な事を行い、相談料を受け取っている。ただその企業というのが、この聖都でも指折りの犯罪組織、そこのフロント企業なのだ。脱税だけでも問題なのだが、犯罪組織と官吏が繋がりを持っている事が公になれば国税局の面子も丸潰れである。
「さて、どう切り崩すか。落とし所はどうするんです?」
アントンは普段にも増して、感情の読み取り難い表情でボスに問い訊ねる。
「フェリックスとそのフロント企業と手を切らせる事だな。ただ、当のフェリックスが刺し違えるつもりでこの件を暴露するかも知れない。フェリックスがやらずとも、連中の方がこれをネタに強請ってくるかもな。フェリックスを黙らせ、連中にも強請らせない、そういう都合の良い名案がありゃあいいんだが」
ボスはすっかり困り果てた表情で、溜め息混じりにそう語る。だがボスの言う通り、それは明らかに都合が良すぎる。
「一度、財務省に相談してみてはどうでしょうか? 財務省経由なら、何かしらそのフロント団体へ圧力をかける方法が出て来るかも知れません」
そうエリアスは提案してみる。しかし、
「駄目だ、駄目駄目。財務省には絶対知られる訳にはいかねえんだ!」
ボスが血相を変えて首を振る。それはエリアスにとってはあまりに意外な反応だった。
「ああ、そうか。まだエリアスには説明していなかったな。国税局がどういう立場なのか」
アントンがフォローを続ける。以前にも、ベアトリスが国税局の微妙な立場について少しばかり漏らした事があった。どうやらそれと同じ理由のようである。
「国税局が財務省の内局だというのは知っているな。そのため、業務を含むあらゆる活動についても制限がある事も」
「基本的に、財務省の指揮下にあるため上意下達の関係なのですよね。我々が取り締まった対象についても、実際に起訴するか否かを決めるのも財務省の方で」
「その通りだ。そしてこの現状について、内局のままで続けるのは業務上合理的ではないと考えられている。そこで持ち上がったのが、現在の国税局を外局として再編成し完全に独立した活動が可能な様にする計画だ」
外局は内局と違い、自らの予算計画などを立てて活動が出来るため、非常に組織としての独立性が高い。そうなれば、現在よりもしがらみが無く活動が行え、起訴に関してもこちらに一任される事になるだろう。
「我々にしてみれば良い話ですね。いわゆる討ち漏らしが無くなる訳ですから」
「そうだな。しかし、一つ問題がある」
「問題ですか?」
「外局として再編成するに辺り、組織の人員も大きく刷新されるという事だ。つまり、新組織に不要と思われた人員は別部署に異動となるか、はたまた別な扱いになるか。そして我々四課についてだが、査察部での立ち位置で察せられる通り、新組織から外される可能性は最も高い」