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「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、てめえ。強制捜査ってことはな、ちょっとでも妨害すりゃ幾らでも逮捕できるって事だからな」
 ベアトリスが殺気を孕んだ声色で凄む。しかし男は、相変わらずへらへらとした余裕の態度のままだった。
「俺は何も邪魔なんてしませんよ。中に入りたければ勝手に入って下さい。まあドアボーイじゃあ無いんで、御丁寧に扉を開けてやって招いたりはしないですけど」
「扉に鍵でも掛けたか? それだけで十分妨害になるぞテメエ」
「掛けてませんよ。自分、鍵なんて持ってませんし。だから、勝手に開けて入ればいいじゃないですか」
 苛立ちを見せるベアトリスに、一層挑発的な態度を見せる男。その妙な自信は、まるで正門を開けることは出来ないという確信があるようだった。その上、執行妨害とならない範囲で対策もしているようである。
「けっ、下らねえ。だったらそうさせて貰うよ。エリアス、門を開けろ」
「分かりました」
 ベアトリスに指示され、早速エリアスはリング状のハンドルに手を掛けて外側へと扉を引く。背の高い格子扉はぎりぎりと独特の摩擦音を立てながらゆっくりとエリアスの方へと引っ張られる。しかし、扉が僅かに開いたその直後だった。突然と何かに引っかかったかのように扉はがちりと音を立てると、そこから急にびくりとも動かなくなってしまった。
「え? 何か引っかかった? 扉が開かなくなりました……」
「はあ? お前、扉ぐらい開けられないのかよ」
「い、いえ、そうではなくて。本当に扉が開かないんです。何か引っかかったような感じで」
 格子扉はサビつきもなく手入れを怠っているようには見えない。だから可動部が破損して開かなくなったようには思えなかった。
 エリアスはむきになってより強く力を込めて扉を開けようとハンドルを引っ張る。しかし扉は、どこか見えない部分で固定されているかのようにびくりとも動かない。左右の扉の間は僅かにだが開いているため、内側の打掛錠が外されている事は確認出来る。それでは何故開かないというのだろうか。エリアスはただただ困惑するしかない。
「さっさとやれよ。ったく、余計な手間かけんな」
「は、はい。すぐにでも」
 ベアトリスが急かしてくる。それに焦ったエリアスは、ハンドルに更に力を込めて引っ張る。しかし扉は動かず、一層エリアスは焦って力む。そして、ベアトリスの罵声が再度飛ぼうかというその時だった。
「うわっ!?」
 エリアスの体は急に支えを失って背中から後ろへ吹っ飛ぶように転げる。エリアスは自分に何が起こったのか、事態を即座に理解した。それは、転がる直前にはっきりと自分手でその感触を確かめたからだ。
「こ、これ……」
 エリアスの手には、千切れたハンドルだけがあった。エリアスが力任せに引っ張るあまり、逆にハンドルの方が先に音を上げてしまったのだ。
 傍らでそれを見ていた使いの男は、途端に嬉しそうな口調で声をあげた。
「あーあ、壊しちゃったんですか? まあ、しょうがないですよね、強制捜査なんだし。でもこれで、屋敷には入れなくなりましたね」
「おい、てめえ! やっぱり何か仕掛けてやがったな!」
「何も仕掛けちゃいませんよ。これはあんたらが自分の意志で開けようとして壊したんじゃないですか。その結果、扉が開かなくなり屋敷の中には入れなくなった。あんたらのやり方が拙かった意外に、何か理由あります?」
 扉に実際細工があったかどうか、それを男と押し問答したところで意味はない。頭に血が昇ってしまっているベアトリスでも、それくらいはきちんと理解している。
 問題は、中へどのようにして入るかだ。塀は目算でも十メートルはあろうかという高さで、素手で登るには専門的な技術が必要だろう。物理的に破壊して道を作るにしても、流石に今はそこまでの道具を揃えていない。回り道は更に論外である。塀の無い側は、更に危険な海岸線沿いだからだ。
 令状が有効なのは本日限りである。ジェルヴェーズは、初めからその時間切れを狙っていたのだろう。強制捜査を妨害するならまだしも、捜査の実施については完全に査察部の都合だからだ。
 時間的に間に合う手段は、今すぐには思い当たらない。しかし、このまま諦めるのはあまりに無念だ。エリアスは、いつになく強い闘争心を胸中に秘めていた。それは、今朝から今日の捜査について並々ならぬ意気込みがあったからなのかも知れなかった。
 ベアトリスもアントンも苦々しい表情をする中、エリアスは再び門の前に立った。
「先生、これは強制捜査ですから、最悪壊してしまっても問題はありませんよね?」
 エリアスの問いに、アントンは小首を傾げながら答えた。
「ああ、そうだ。既に壊しているしな」
「だったら、やってみます」
 そう言ったエリアスは、大きく深呼吸をし全身をほぐし始める。経験者であるベアトリスにそれは、武術的な集中法の一つに見えた。だが、その目的がすぐには分からなかった。それはおそらく、普段のエリアスとそれとがイメージ的に繋がらなかったからかも知れない。
 やがて集中力が高まったらしいエリアスは、極端に瞳孔の狭まった目で開かなくなった門を見据える。そして、その門に向かい右足を大きく強く踏み出した。
「ハッ!」
 エリアスが両手で力強く扉を内側へと突き押す。直後、扉は耳障りな金属の摩擦音を立てながらエリアスの予想よりも軽々とひしゃげ、そして庭の方へ吸い込まれるように吹っ飛んでいった。