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 査察部四課は、査察部の中でも特にたちの悪い相手を取り締まる部課である。それは積極的な意味合いではなく、他の部課がやりたがらない案件を押し付けられているにしか過ぎない。そんな四課でも特に緊張する出来事がある。それは、突入などと揶揄される強制捜査だ。ただでさえグレーな組織を相手にしているところに物理的な手段を行使するのだから、当然の事だが激しい抵抗に遭うのがほとんどだ。それはエリアスにとって最も憂鬱な事なのだが、新人である若さと武術で鍛えた体躯が災いして周囲には殊更活躍を期待されてしまう。
 その日は、昼食を早めにとって午後一番から外出となった。四課総出での移動は非常に目立ち、ある種の異様ささえ放っている。勘の良い者は、その光景だけですぐに強制捜査と分かる程である。行先は、東区にある業界中堅の建設会社、ハーマン建設の社屋。そこは業界にありがちな水増し請求や架空取引など典型的な企業犯罪を犯しているのだが、その骨子となっているのが不法移民の酷使という更に犯罪を重ねる構造となっている。そしてやはり、そういった移民を仲介する裏業者や闇組織との繋がりも強く、その影を恐れる他の部課はハーマン建設の強制捜査など絶対に引き受けないのだ。
 四課の面子が乗り込む馬車五台は、ハーマン建設の社屋を取り囲むように停車する。現場は前もって示し合わせた通り、区域担当の憲兵達が人払いをし一帯を封鎖している。これで外から入り込む事も中から抜け出すことも出来ないのだが、その周囲には何事が起こるのかとあからさまに興味本位の野次馬が群がってしまっている。
「全員揃っているな。これよりハーマン建設に強制捜査をかけるぞ」
 社屋の前に集合する四課の面々。その先頭に立つボスは、何時になく覇気の漲った声で宣言する。それは強制捜査で張り切っているというよりも、此処から先は本当に何が起こるか分からない危険性があるため、くれぐれも油断をしないようにという警告の意味合いが強い。
「よし、では始めるぞ。先陣はエリアス、お前が行け。ベアトリスもだ。きっちりフォローしろよ」
 ボスの指名にエリアスは、やはりそうなったかと半分諦めの溜息を小さく漏らした。若手に経験を積ませようというのは先達の配慮として当然なのだが、やはり自ら危険な所に飛び込もうという気にはなれないエリアスにしてみれば要らぬ配慮でもある。
「おら、行くぞ。やり方は分かってんな?」
 ベアトリスはいつものきつい口調で小突きながら確認を取る。
「は、はい。まずは国税局である事と訪問目的を述べ、令状を現場の責任者へ読ませる事です」
「ちげーよ。読ませた奴が責任者なんだよ。そういう風にしねーと、いつまで経っても入れねえだろうが」
「す、すみません。気をつけます」
 これでは一体どちらが犯罪者なのか分かったものではない。そんな事を思いつつ、エリアスはベアトリスに急かされるようにして社屋の正面玄関から中へ入った。
 玄関に入ってすぐ、そこには如何にもな強面の男達が三人も待ち構えていた。明らかに査察部が強制捜査に来ると分かっている様子だった。敵意をむき出しにした視線をぶつけられ、エリアスは思わず後退りしそうになる。だが、そんな事をすればすぐさま傍らのベアトリスから重い蹴りが飛び出すのを思い出し、腹に力を込めてその場に踏み留まる。
「国税局査察部四課です。これよりハーマン建設の強制捜査を行います。ここにあるのは裁判所からの執行令状です。内容を確認して下さい」
 毅然とした態度でエリアスは令状の入った裁判所の封筒を男達の一人に差し出す。男はひったくるようにしてそれを奪い取ると、大仰な仕草で封筒を破り捨てようとする。そこにすかさずエリアスは釘を刺した。
「令状を正当な理由無しに汚損した場合、それは公務執行妨害罪及び裁判所に対する敵対行為として国家安全委員会の捜査対象となります。良く考えて行動されるように」
 おおよそ教養とは無縁に思える彼らだったが、言葉の響きだけでも深刻な事態を引き起こす事は察したようだった。封筒を破り捨てようとする手を止め、渋々ながら封を切り中の令状に目を通す。左右の二人も共に令状を覗き込むが、その内容をほとんど理解できていないらしく小首を傾げるばかりだった。
「確認しましたね。ではこれより強制捜査を開始します。円滑に行えるよう御協力お願いします」
 そう丁寧な言葉を発しつつ、エリアスは深く息を吸い込んで腹に力を込めると、おもむろに正面の三名に向かって体をぶつけるように前進した。
「うわっ!?」
「何しやがるてめえ!」
 すぐさま怒鳴り声と共に上着を掴まれる。しかしエリアスはそれを力ずくで引き剥がすと、男達など存在を意に介さないかのように更に中へと進んでいった。
「おら、邪魔だ三下共! 今夜は留置場で寝たいのか!?」
 そしてエリアスのすぐ後ろからベアトリスの怒鳴り声と、男の一人が驚いたような声を上げるのが聞こえた。早速ベアトリスが手を出したようだったが、普段ならその無軌道ぶりには恐怖する所ではあるが今ばかりはとにかく頼もしくてならない。