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 程なく運ばれてきたのは、大きめの皿に料理が三品並んだものにパンとスープという、ランチとしてはいたって普通の内容だった。味はエリアスにとっては薄味と感じるもので、それはいわゆる上品な味付けと呼ばれるものなのかも知れないが、もう少し塩味が欲しいとエリアスは思った。
「キミは普段はどこで昼食を食べているんだい?」
「大体は近場の食堂です。ただ、外出する事もちょくちょくありますので、そういった時は外出先のどこかで適当に」
「ああ、君達は外回りが多いからね。でも四課だと、そう毎度行儀の良い所ではないでしょう?」
「いえ、その……そういったところを中心に担当する部課だと聞いていますので」
「はっはっは、別にそうかしこまらなくて良いよ。要するに、査察部の中でも厄介事ばかり押し付けられる部課だと。誰かからそんな事を言われてないかい?」
 そうジョーンに指摘され、エリアスは思わずベアトリスのやさぐれた顔を思い浮かべる。慌ててそれを振り払い、表情を固く引き締める。だがジョーンはそんな胸中を見透かしているかのような笑みを浮かべた。
「まあ、否定はしないよ。キミにとってはあまり面白くない話かも知れないけれど、元々四課自体が査察部のあぶれ者を集めて創設された部課だからね。扱いも自然とそうなってくる。なんとは無しに、そういう空気の実感はあるでしょう?」
 エリアスは、昨日の仕事について思い出す。他部課の都合に巻き込まれたのは査察部全体の問題だから仕方がないとして、最も面倒な事を押し付けられた挙句情報共有もあまり積極的にはしてくれなかった。それについて他の職員は少なからず不満を感じているようであり、自分もその空気から四課がぞんざいな扱いを受けている感覚はあった。他の部課がやりたくない面倒な案件を押し付けられる四課、つまりはそういう成り立ちが影響しているのだ。
「あの……四課は非常に離職率が高いという話を聞いた事があるのですが、それはやはりそういう理由からなのでしょうか?」
「そうだね。その辺りは否定しないよ。だから正直に言うと、キミのような新人はそろそろそういった事を考え始めているんじゃないかと、私は心配に思っていてね。久し振りに増員出来たところで離れられるのは、ちょっと言い方が悪いけれど、あまり聞こえが良くないから引き止めておきたいんだよ」
 だから、部長という上長が自分のような新人に声をかけたのか。エリアスは今日のこの状況に合点がいく。
「あの、自分は別にそういったことは考えていませんので……」
「まあ、急にこんな事を言われたところで素直には言えないようね。でも逆に安心したよ。この状況で逆に素直に言って来る場合は、もうどうしようもない追い詰められた状態だから」
 反射的に答えた自分の言葉の真意を、ジョーンは自分よりも遥かに正確に捉えている。だが、やはりこれはこれで自分の首を締める事になったとも思った。あらかじめ言われてしまっては辞めるとは言い難くなり、それは結果的にジョーンがやりたかった自分の引き止めに成功した形になった。
 食事も終え、食後のコーヒーを飲み始める。ジョーンが絶賛するだけあり、店主からは今日のコーヒーはどこの豆をどういった方法で淹れたのか、そんな説明があった。しかし、元々そういった事柄に疎いだけでなく、ジョーンとの時間にプレッシャーを感じているため、エリアスはコーヒーの風味など何一つ分からなかった。
「キミは、今時珍しい寡黙な人柄のようだね」
 ふとジョーンは、唐突にそんな事を言ってきた。
「いえ、自分は口下手なもので……。あまり上手く話せない上にあがり症なので、出来るだけ喋らないようにしています」
「ほう、つまり度胸が無いという事かな? その割には、よく仕事は勤まっているようだね。あの火薬みたいな彼女に振り回され、半分以上が違法な組織を相手ともやり取りして。私の言う事じゃないけれど、並の人なら逃げ出してる状況だよね」
「その、昔から武術道場に通っていまして、体は鍛えているので、多少のそういった事には慣れていますから」
「ああ、なるほど! 確かに立派な体つきをしているからね。荒事も平気な訳か」
「い、いえ、あまり平気という訳では……」
「けれど、いざという時はやらざるを得ないのだろう?」
「もし、そう言った状況になりましたら……」
 エリアスのこれまでのケンカの経験は、この査察部四課に入ってからがほとんどである。そもそも人と殴り合ってまで競るような発想が無く、ケンカと言っても自衛のみで応戦は皆無に等しい。ジョーンの差す所が果たしてどれほどのものなのか。エリアスにとってその曖昧さは、何故か非常に不安にさせられた。
「まあ、初対面であまり踏み込んだ話をするのも野暮だろう。キミさえ良ければ、またランチに誘っても良いかな?」
「ええ、是非。自分で良ければ」
 本当は少しも良くはない。それはまるで、自分をこの査察部に縛り付ける見えない鎖と同義だからだ。
 しかし、目上の誘いに対して咄嗟に角の立たない断りが出来るほど舌の回らないエリアスは、なし崩し的な返答しか出来なかった。
「そうそう。ところで、昨日の強制捜査の件。証拠がどこで見つかったか、キミは聞いたかい?」
「いえ。自分はただ、会長の自宅で見つかったとだけ」
「裏帳簿はね、なんと会長の孫の小遣い帳に偽装されてたんだよ。両親には内緒で与えていた小遣いが、裏金の桁や単位だけ変えた額と同じだったのさ。で、それを別な小遣い帳にこっそり付けさせると。子供の裏帳簿なんて大して気にも留めないし、幾らでも言い訳なんてつくからね。まったく、孫をダシにそんな事をするなんて。まあ金の恐ろしさと言ったら、他に無いもんだよ」
 物事の善し悪しもつかない、それも実の孫を利用して犯罪を犯す。確かにそれは恐ろしい事ではある。けれど査察部は、そんな幼い子供の持ち物までをも、あんな深夜に捜索したのだろうか。それもまた、同様の金への執着のようにエリアスは感じた。