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セディアランドの首都である聖都は、当然の事だが全てがセディアランド国内において随一である。人口、教育水準、経済規模等々。セディアランドが世界有数の先進国であるだけに、それらは都だけで小国のそれを遥かに凌駕する場合すらある。しかし、だからと言って聖都の全てが活況という訳でもない。聖都には当然スラム街に近い地区や、不法移民も少なくない数が潜む。そして、経済的に困窮した地区も存在するのだ。
その日の夕刻、エリアスはベアトリスに随伴し南区の一角へ来ていた。そこは第四通りと呼ばれ、文字通り五本の通りの内の四番目に当たる。ここには寂れた商店街が存在していた。通称、第四商店街。それが今回の対象である。
「ああ、そうだ。お前、この辺りに顔見知りだとか親戚は居るか?」
商店街に入ろうとする頃、ベアトリスは不意にそんな事を訊ねてきた。
「いえ、居ませんけど。どうしてですか?」
「たまにな、こうやって取り締まる時に恨みを買う事があるんだよ。逆恨みなんだが、そういうのは決まって本人じゃなく親類や友人が狙われるんだ。稀に本人が襲われる事もあるが、まあお前ならそうはならねえだろうな」
脱税は国家に対する裏切り行為であり、立派な犯罪である。それが事実ならば、当事者に非難される謂われはない。だが自分が悪いという自覚の有無に関係無く、お前さえいなければ、という怒りを捜査員に抱いてしまうのだろう。
「先輩はそういう経験あったんですか?」
「あー、何度かな。女だからって舐められるんだよなあ。ま、全員病院送りにしてやったけどな」
そう不敵に笑うベアトリス。事実なら明らかに犯罪だが、本当にやっているのではと思わせるのがベアトリスである。ベアトリスは、エリアスと同様に武術を嗜んでいるため、見た目と手の出し方が一致していない。少なくとも、街の喧嘩自慢程度なら簡単に締め上げてしまうだろう。ふとエリアスは、ベアトリスの口調が荒々しく武術まで嗜んでいるのは、そういったリスクを負う事のある仕事だからなのだろう、そんな事を思った。
第四商店街は、この帰宅時刻というにも関わらず人通りがまるで無く閑散としていた。もっと都心に近い地区やエリアスの近所では、この、時間は大勢の人間が行き交っているのがほとんどである。開いている店もほんの僅かで、大半の店は休業状態。完全に人気が失われるのも時間の問題だろう、そうエリアスは思った。
「ここに地区会館があるんだが、今日はそこに商店街の経営者達が集まって定例の集会をやってる。そこに乗り込むからな」
「分かりました。自分は何をすればいいですか?」
「お前はアタシの盾をやってればいい。手は絶対出すなよ。ただ、間に入り続けてりゃそれでいいからよ。血の気の多い老人なんかは、下手に突き飛ばしたらそれだけでポックリ逝っちまうからな」
査察四課の今日の業務、それはこの商店街の取り締まりである。ただし、実際に証拠の収集等を行うのではなく、厳重注意を言い渡すだけである。この商店街では小規模な脱税が常習化しているが、まだそれは容疑の段階である。そしてボスの判断は、それ以上の捜査を行う必要はなく注意する事で自発的な更正を促そうというものだ。対象が一般市民、それも潰れかかった商店街とあっては世間の反発も大きいだろうという配慮からの判断である。
「それにしても、こんな所でも脱税なんてあり得るんですね」
「むしろこういう所だからさ。いわゆる個人事業主は、全部自分の裁量でやる。それで経営が苦しくなると、こうするのが正しい、なんて都合のいい考え方に傾いちまうのさ。前にあったんだが、赤字収支だから納税は免除される、なんて本気で信じてる奴が居てな。当然追徴金を納めさせられた。個人事業主の全部が全部そういう訳じゃねえが、人間が苦しくなるとあっさり楽な方へ転げ落ちるもんさ」
つまり自分達は、そういった苦境にある人達に対して苦言を言い渡しに行く。それを意識すると、途端に胃の辺りに違和感を覚え心臓が嫌な鼓動を打ち始めた。
「なんだ、気後れしてんのか?」
「は、はい。法律を守っていない事が悪いとは言っても、まるで無慈悲に追い詰めているみたいで……」
「本気でそう思うなら、さっさと辞めた方がいいぞ。こんなんで気後れしてたら、気が保たねーからな。あくまで法律に基づいた執行をしている、そう考えられなきゃこの仕事続かねーぞ」
「は、はい。気をつけます……」
しかし、公私のけじめをつける事の重要性は理解出来ていても、その程度にもよる。エリアスには、人に恨まれながらも法規に則った振る舞いを粛々と続ける自信が無かった。おそらく自分は、恨めしい目を向けられただけで動揺してしまい、仕事どころではなくなるだろう。ベアトリスのような割り切った考え方が出来るようになるまで、まだまだ時間はかかるに違いない。
今日の仕事は、単なるベアトリスの盾。それがまるで、ベアトリスが自分にしてくれた配慮のようにエリアスは思えた。