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 闇金の取り締まりは、生活安全課の管轄だったか。そんな事を思いながら、エリアスはウード商店の前までやってきた。そこは、見れば見るほど古めかしい平凡な商店で、如何にも趣味で経営しているような店である。だが先程の老人の話では、ここは闇金を営み何人もの被害者を出しているという。それが本当なら放ってはおけないが、そもそも自分の職分とは大きくかけ離れているのだ。
 真相はどうにせよ、当初の目的である店の視察は変わらない。それにあの老人の証言も、後ほど生活安全課に伝えればそれで済む話なのだ。
 エリアスは意を決し、ウード商店の正面ドアを開けて中へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。そちらでしばらくお待ち下さい」
 店内に足を踏み入れると、早速一人の女性に話し掛けられた。エリアスは喉を詰まらせながら小さく返事をし、促された方にある堅いソファーへ腰を下ろす。
 ここは、一体何だ?
 ソファーに腰を下ろし店内を軽く見回したエリアスは、まずそんな言葉を思い浮かべた。外からは年季の入った古めかしい建物に見えたが、内装は驚くほど綺麗で最近の流行も取り入れている。それよりも何より異質に感じたのは、店内がまるで銀行か何か金融機関の待合室を連想させる作りになっている事だ。いや、もはやそれそのものと言っても良いくらいだろう。ひなびた個人商店を想像して入っただけに、エリアスはこの状況に面食らわずにはいられない。
「今お茶をお持ちします。そちら、当店のメニューとなっておりますので、宜しかったら御覧になって下さい」
 そう彼女に言われ、エリアスはまたしても喉を詰まらせ小さな返事をする。彼女はすぐ側のドアから奥の方へと入っていった。その仕草は店員と言うよりも、受付嬢に近い印象を受ける。
 エリアスは、脇のラックにあった冊子を二つ手にし、一つはそっと鞄に仕舞い込み、もう一つを開いて読む。それはいわゆるローンの案内で、どういったプランがあるのかと事細かに説明がされていた。こういった事には疎いため、利率の数日後はさほどおかしくはないといった程度の印象しか抱けないエリアス。だが一つ分かるのは、このウード商店は闇金をしている事を一切隠さず露骨な経営をしているという事だ。商店としての機能など、まるで見当たらない。
 これは、脱税云々以前の問題である。闇金ならば、当然だが収支を国に申告などしない。そして闇金は違法行為である。もはや、ここに留まる事が時間の無駄にさえ思えてならない。
 今の内に帰ってしまおうか?
 そんな考えが脳裏を過ぎり、かかとを浮かせる。しかし、直後にアントンやベアトリスの顔が現れ、それ以上を思い留まらせる。ここまで来たのなら、得られるだけきな臭いものを搾り取れ。そういう脅迫めいたものだ。このままおとなしく退けば、間違いなく叱責されるだろう。
 やがて運ばれてきたお茶を恐る恐る口をつけ、この先どうなるのかとあれこれ想像をしながら冊子にひたすら目を通す。普通に考えれば、何かにつけてローンを組まされるだろう。この冊子だけでは詳細は分からないが、あの食堂の老人の言葉を鵜呑みにすれば、それは法律に違反した契約内容になるに違いない。金に困っている訳でもなく、違法な契約は後からでも破棄できるのだから、取り締まりのために契約するのはやぶさかではない。問題は、如何に有用な証拠を引き出せるか、その有用な証拠とは何なのか、だ。
 こんな時に備え、もっと勉強をしておくべきだった。エリアスは、今更そんな後悔をする。
 内装と冊子を交互に眺めつつ順番が来るのを待っていると、不意に入り口のドアが開いて男が一人入って来た。男はあまり中を見回すこともなく、妙な早足で隣のソファーに腰を下ろす。男は無意識でやっているのか、親指の爪を噛みながらしきりに細かく足踏みを繰り返している。既にここの顧客なのだろうが、このあまりに落ち着きのない様子から察するに、資金繰りがあまり芳しくないのだろう。創作物では、これが次の段階に進むと本人が店まで来なくなり、業者の取り立てが始まる。やがては拉致監禁され人権を無視した就労を強制されるのだ。あまり真に受けてはいないが、それに近い状況なのかも知れない。
「お次の方、どうぞ」
 あの女性が奥へ続くドアを開けながら、そうエリアスを呼ぶ。
 遂に来た。
 たちまち心臓がどくどくと高鳴りだすエリアス。呼吸も乱れ、手と足の感覚が一瞬覚束なくなる。しかし、武術道場の師匠に教わった呼吸法と精神統一の方法で取り繕い、出来るだけ慌てずソファーから立ち上がった。
「初めての方ですね。そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ」
「は、はい。申し訳ありません」
 流石に挙動のおかしさが目立ってしまった。エリアスは顔を真っ赤にしながら襟を正す。
 一体今の自分はどのように映っているのだろうか。途端にそれが気がかりになってきた。