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 聖都から程近い海岸沿いにある廃港、そこは第十七埠頭跡地という名前が残るだけで、今では港として機能はしていない。だが、船着場として利用出来るとあってか、特に違法な目的で船が無許可で利用している。そして今回、その無断利用をしているのが聖都海運であり、それにより無申告の利益を上げている。査察四課が取り締まるのは、その無申告の利益だ。
 エリアスとベアトリスは、アントンの指示により深夜の遅くに第十七埠頭跡地へ移動しそこで張り込みを開始した。当然だが、違法な商売を指摘したところで惚けられて終わりである。そのため、現場を押さえた後に収支明細を提出せざるを得ない状況に追い込む必要がある。それがアントンの説明だった。ベテランであるアントンが言うのだから間違いはないのだろう、そうエリアスはさほど疑問も持たずこうして慣れない張り込みに従事していた。
「ったく……退屈だな」
 そう呟くベアトリスは、心底退屈そうな表情で舌打ちする。第十七埠頭跡地の側にある廃屋、そこから少し離れた所に積み上げられた瓦礫の影に二人は隠れている。聖都海運に気付かれてはいけないのはもちろんだが、何もない夜の廃港を、現れるかどうかも分からない聖都海運を待ち続ける事は、ベアトリスの性格上ただただ苦痛でしかないのだろう。エリアスも当然それは同じなのだが、ベアトリスとは違っていちいち自分の心境を口にするほど多弁ではなかった。
「先生は今どうしているんですか?」
「ここらのどっかにいるはずだろ。まあ、いざって時はフォローしてくれるさ」
「いざという時以外は、我々でどうにかしろという事ですよね。まるで研修を兼ねているみたいに」
「そりゃそうだろ。お前が早く使い物にならねーと。こっちだってヒマじゃないんだからな」
 それは確かにその通りなのだが、ベアトリスに言われるとどこか釈然としないのは何故だろうか。エリアスはそんな小さな不満を持ったが、それもやはり口には出さなかった。
「しかし本当に退屈だな。おい、何か面白い話でもしろよ」
「自分は話下手の上に、口下手です」
「普段からむっつりしてっからそうなるんだろ。何でもいいから話せよ」
 相変わらず無茶苦茶な事を強要してくる。エリアスは溜息をつきそうになったが、そんな素振りを見られでもしたらそれこそ何をされるか分からない。エリアスはただじっとこらえるしかなかった。
「何と言いますか……こう暗がりで長い間じっとしているのは初めてなので、なんだか妙な気分です。幽霊とは、こういう状況で出るんでしょうか? 自分は見たことは無いんですが」
「幽霊とか、子供じゃねーんだぞ。ったく、もっと他に引き出しはないのか? 少しは先輩を楽しませろよ」
 後輩は先輩を楽しませる道具ではない。が、やはり実績のない新人であるうちは、どうしてもそんな扱いになってしまうのだろう。エリアスはただただ素直に謝った。
 深夜の深い闇、波と潮風の音ばかりが聞こえるだけの中、一体どれだけの時間を待ち続けただろうか。うたた寝をしないよう我慢する事ばかりし始めていたエリアスは、突然後ろからベアトリスに強く肩を叩かれた。
「な、何ですか!? 起きていますよ!」
「てめー、後で説教な。それより、あれ見ろ。もしかすると、当たりだぜ」
 心なしか嬉しそうな口調のベアトリスは、海の方を指差した。その先をじっと見つめると、水平線の近くにちらちらと小さな明かりが揺れているのが分かった。日の出とは違って小さいが、この距離からでもちゃんと見て分かる程の強い光だ。
「あれは何でしょうか? 何か光ってますが」
「馬鹿かお前は。船の照明に決まってるだろ。目立たないように最小限に抑えてんだよ」
「ですが、明かりも無しでは座礁する危険もありませんか?」
「それぐらい、この辺りの海に慣れてんだよ。漁師崩れがこういう副業を始めるのはよくある話だ」
 存在を目立たないようにしてくる船、それは十中八九犯罪の絡む船だ。真っ当なの理由のある船ならば、普通は自分の存在をむしろ喧伝して通航の安全を図るものだ。やはりベアトリスの言うような、元漁師が犯罪に加担している
「少し近付くぞ。積み荷とホシ共を確認しねーとな」
 ベアトリスが動き始め、エリアスもすぐさまその後に続く。
 いよいよ取り締まりが始まるのか。
 エリアスの緊張と不安はピークを迎えようとしていた。だがそんな時、ふとこの状況について疑問を持った。配属初日の時もそうだった。申告のない収入の取り締まりについて、エリアスは自分なりの想像を持っていた。当然それがそのまま現実の通りになるとは思ってはいなかったが、様々な本や資料を集めるなどして得た知識でもさほど現実と乖離はしていないと思っていた。だが実際は乖離するどころか、まるで警察の、それも特にたちの悪い連中を相手にする部署のような業務をしている。今やっている事も、これはむしろ犯罪組織の摘発のようだ。
 改めて思う。自分がしているのは、果たして本当に脱税の取り締まりなのだろうか。