BACK
息を切らせながらエリックが戻って来たのは、丁度日が落ちきった所だった。けれどウォレンの住む繁華街はまるで昼間のように明るく、むしろ日中よりも人出で賑わっている。そんな喧騒の中をエリックは、人混みを掻き分けながらウォレンの部屋を目指した。
「今戻りました! ウォレンさん、居ますね!?」
どたどたとけたたましい音を立てながら寝室へと入る。するとウォレンは、エリックが部屋を飛び出していった時と同じように、部屋の隅で小さくなっていた。
「さあ、こっち来てください。ほら、ここ座って」
エリックは強引にウォレンを立たせ、今度は寝室にあった小さなテーブルの前に引っ張った。そしてエリックは、他の部屋から勝手にイスを二つ持ってくると、ウォレンとエリックでテーブルを挟むようにして座った。
「何だよ……お前、一体何する気だ……?」
「ウォレンさんに必要なのは、罪悪感の軽減です。それは、簡単に言えば、自分は許されているという実感です。神父が教会で信者の告白を聞いてアドバイスをするのと同じ理屈ですよ」
「何だよ……俺に、お前に懺悔しろって言うのか?」
「違います。今から、ウォレンさんに縁のある人に来て頂いて、今のウォレンさんを知って貰った上で言葉をかけて貰うのです。もしかすると、許してくれているのかも知れませんよ」
「ふざけんなよ……誰を呼ぶつもりだ? 大体にして、俺を許すとか許さねーとか、そういうことを思ってる奴は誰なんだよ? もう、死んだか聖都に居ない奴らばっかりだぞ」
「ですから、これです」
エリックはテーブルの上に何かを置いた。
「以前のあれです。ついさっき、パトリツィオの家に行って来ました。借りるだけで良かったんですけど、薄気味悪いからくれるそうです」
それを見たウォレンは、エリックの意図する事を瞬時に理解し、見る見るうちに青ざめていった。
テーブルの上に乗せられたそれは、以前にパトリツィオの屋敷で行われた降霊会の小道具、霊応盤とプランシェットだ。
「お、お前、まさか……」
「ええ。これからここに、亡くなったメイベルさんを呼んでみようと思います」
「やめてくれ!!」
ウォレンは悲鳴のような声をあげた。その声にいささか驚きはするものの、エリックは動じなかった。エリックは、既にこの方法を通すと腹を決めているからだ。
「あいつは絶対俺のこと恨んでるって……。ただでさえディーンの声で精一杯だってのに、あいつの声まで聞こえだしたら、俺はもう生きていけねえよ……」
「事情を分かってくれれば、そうとも限らないでしょう?」
「俺はな、正直言って落ち込んでいるメイベルに下心が全く無かった訳じゃないんだ。あいつだって、絶対そんなの見透かしてる。だから全然俺になびかなくて、それで俺は言っちまったんだ。だったらディーンの所に行けよ、って。それであいつはあんな事をしたんだ……。事情を分かってくれれば? そうだな、そしたら喜んで追い討ちをかけに来るさ。逆の立場だったら、俺だって絶対にそうしてる!」
ウォレンは、亡くなったメイベルにも負い目がある。少なくとも本人はそう感じており、そこへ決定的な言葉が下れば、いよいよウォレンもおかしくなるだろう。けれど、やはりエリックは引き下がるつもりはなかった。どの道ウォレンには、他に進める道など無いのだから。
エリックは、今にも嗚咽を漏らしそうなウォレンの胸元を両手で掴み、何度も力づくで揺さぶって自分の方を向かせる。ウォレンは、エリックがまさかそんな乱暴な事をするとは思っていなかったらしく、一端驚きで両目を見開いた。
「そうやって、楽な方ばかりを選んだ末路がこれなんですよ! 当たり前の事すら辛くなって当然じゃないですか! 恨み言を受け止める勇気が無い!? 甘えるのもいい加減にして下さい! 今まで散々甘えた生き方をした人間が、この期に及んでまだ甘やかしてくれるとか、どれだけ腰抜けなんですか!」
こんなに近距離で、こんなに誰かを怒鳴りつけた事が、果たしてこれまでの人生であっただろうか。感情に任せて怒鳴るのは論点がすぐにずれてしまうから、エリックはあまり好きでなかった。しかし、もはやこれは感情論の問題なのである。エリックはむしろ、自分の気持ちを感情的にぶつける事が出来て満足だった。
ウォレンは、後輩であるエリックにここまでされても、反論するどころか胸元の手すら振り解けなかった。エリックから視線を逸らし、ぶるぶると小刻みに震えている。けれど、しばらくそうしていたウォレンは、ふと意を決したかのようにエリックの方を向いた。しかしその表情は、まるで別人のように幼く弱々しいものだった。
「分かったよ、エリック……。一度だけなら、やってみる。でもさ、本当に頼むから最後まで一緒にいてくれよ……? 本当に……本当に怖くて仕方ないんだ……。あいつがここに来るとか思うだけで、気がおかしくなってしまいそうなんだ……」
大丈夫、僕は約束は違えませんし、最後まで責任を果たします。そう言って、エリックはウォレンの胸元から手を離した。