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エリアスの放った言葉に真っ先に反応したのは、やはり当のウォレンだった。ウォレンは突然と立ち上がると、口元を押さえながらぶるぶると震えている。見るからに血の気が引いているその様は、まるで何かとてつもなく恐ろしい物を目にしたかのようだった。
「あ……申し訳ありません。最近はこういった事は話さなくなったはずなんですが」
ジェイコブはウォレンの反応に対して、子供に大人びた事を言われ驚いた程度にしか思っていないのだろう。けれど、エリックもルーシーもウォレンがその程度で狼狽える人間では無い事くらい、これまでの付き合いから知っている。むしろエリックは、ウォレンがここまで狼狽える姿を目にした事自体が初めてかも知れなかった。
「と、とりあえずウォレンさん。座りましょう。座って落ち着きましょう」
「あ、ああ……」
ウォレンは大きく二度深呼吸をし、ゆっくりと席に座る。しかしその表情は固く視線は鋭くエリアスへ注がれている。そしておかしいのが、それを受けるエリアスだった。エリックですら傍らでもたじろぎそうなそれを、エリアスは悠然と受けて微笑みすら浮かべている。明らかに普通の子供ではない。
「ん……そうだ。あなた、ウォレンさんと申しましたね。もしかして、従軍した経験がおありですか?」
「あ、ああ。五年以上前に辞めたが」
「そうですか……となると、もしかするとあなたと何か関係があるのでしょう。エリアスは、時折軍属の頃ような話をしていたのです。そこに良く、ウォレンという名前が出ていまして」
「……そ、そんな名前、珍しくはないはずだ」
「でも、僕の居た部隊は君だけだったよ!」
突然会話に入ってくるエリアス。ウォレンの顔色が更に変わった。
「どこの部隊だ!? 言ってみろ!」
「最後は、北西地方の駐留軍でしたよね。僕達は第三分隊。その前は、僕は兵站担当だった第五支援部隊でした。ウォレンは、えっと東方駐留軍から飛ばされたんでしたっけ? 素行不良がどうとか愚痴ってましたよね」
すらすらと口から飛び出す、とても子供の物とは思えない言葉の数々。でたらめかも知れないが、エリックでも咄嗟にここまで言える自信はない。それだけでも圧倒されそうになったのだが、ウォレンは強く歯軋りしながら震えていた。いや、圧倒というより驚愕、そして恐怖を覚えている様子だ。
「ば……なんで? なんで、お前……」
がたがたと震えるウォレン。明らかに自失しかかっていて、今にも取り乱しかねないように見受けられた。どんな事情なのかはさておき、ウォレンは一度休ませて落ち着かせなければならない。そうエリックは思ったが、
「誰だ! こんなふざけたことしやがって! ガキに下らねーこと吹き込むんじゃねえ! 同じ隊に居た奴だろお前!」
ウォレンは屋敷中に聞こえそうなほどの大声を上げた。立ち上がったウォレンはドアへ飛び出し、更に廊下で同じ事を何度も怒鳴り繰り返す。ジェイコブは呆気に取られた顔で一連を見ていたが、隣のエリアスは相変わらず落ち着いた表情を浮かべている。エリックは生まれて初めて、子供に対して気味が悪いという印象を抱いた。
「す、すみません。すぐに、はい」
エリックはジェイコブに思い切り頭を下げ、場をルーシーに任せ慌ててウォレンの後を追う。
広い屋敷を、不作法にも駆け巡る自分を情けなく思う。これだけ大きな屋敷でウォレンを探すのは困難かと思われたが、ウォレンは未だ狂乱の中にあるらしく、その叫び声を追えば良かった。使用人達の困惑した白眼に晒されつつ、エリックはようやく中庭の隅でうずくまるウォレンを見付ける事が出来た。
「どうしたんですか、急に。幾ら何でも取り乱し過ぎですよ」
少し戒めるような意味合いを交えながら、そうウォレンの背中に言葉を吐く。それを受けてゆっくり振り向いたウォレンの顔はまるで別人のように幼く見え、エリックは思わず言葉を失った。
「アイツなんだよ……あのガキ。間違いねえよ。姿は変わっても、あの話し方と目つきはそのままなんだ……。アイツが、遂に化けて出やがった」
ぶるぶると震えながら自らの肩を抱くウォレン。その異常な怯え方にエリックは、これは普段とは違う、本当に重要でデリケートな事態なのだと直感した。
「それは……軍属時代の時の、あの事を言っているんですか?」
「そうだよ……そのアイツだ。アイツ、俺が本当は酒に弱い事まで憶えてやがる……!」
かつてウォレンは、兵士として従軍していた時があった。だが敵との交戦の最中、一人の戦友を咄嗟に自分の盾にして死なせてしまい、それ以降ウォレンは心のバランスを大きく崩してしまっている。
ジェイコブの息子エリアスは、誰に教えられたでもなく、すらすらと他人の人生を話すようになった。そしてその他人とは、ウォレンの良く知るその人物であるらしい。
人は死んだら生まれ変わる。生まれ変わりの際に前の人生の記憶は消えるが、稀に残っている者がいる。来る途中の馬車の中でルーシーに教えられた輪廻転生と呼ばれる死生観の一つだ。
エリアスは、たまたま記憶が残った、件の男の生まれ変わりなのだろうか? 二人の事を知る悪意を持った誰かが、エリアスに吹き込んだ可能性が無いとは言い切れない。ただ、それだけでウォレンがこうも取り乱すとも思えない。実際エリアスの仕草が、件の男を連想させるほど忠実だったのだ。そこまで子供に教え込む事は困難だろうし、そもそもエリアス自身がそんな事に協力的になるとも思えない。そうなると、どうしても生まれ変わりだとか亡霊が取り憑いただとか、そんな話になってくる。
「ウォレンさん、一度戻りましょう。そして、ちゃんと話を聞くんです。そうでもしないと、ますます落ち込んでしまうだけですよ? 想像だけだと、ますます悪いことばかり考えて、余計事実から離れますし」
「あ、ああ、そうだな……。すまん、つい我を失って……」
とにかく、この世に本当に生まれ変わりなどというものがあるなら、こうしてウォレンに対話させればすぐに分かるはずだ。それでウォレンも状況に整理がついて落ち着ける。
しかし、ウォレンがこんなにも取り乱すなんて。
エリックはそんな驚きの半面、ウォレンが日常的に薬を服用せざるを得ない状態である事を、今更思い出した。