BACK

「……という事なんです」
 週明け、エリックは週末の出来事を洗いざらい三人に話した。自分では到底理解が及ばない事態だっただけに、とても一人で解決出来る自信がなかったからだ。
「ふーん。で、その悪霊は帰ったの?」
「あのメッセージ、明後日死ぬという奴ですね、これが出た後にプランシェットが勝手に出口へ動いて、それで指が離れたんです。だから、多分」
 その晩はそれっきりで降霊会など終わりにしてしまい、パトリシアを送った後に真っ直ぐ帰宅した。その間、お互いに一言も言葉は発さなかった。何よりも最後の出来事が、ただの悪ふざけならば到底看過できず、そうでなければそれこそ言葉に困るものだったからだ。
「それで、何か変な事はあったの? 期限って今日だよね」
「一応今の所は別に。パックにも無事な事は確認しました」
「となると、客人二人はセーフってことね。じゃあ、やっぱり狙われたのはそのパトリツィオってやつかー」
 そう分析するルーシーは、やはり霊応盤の自動書記についても造詣が深いようだった。
「狙われた? いえ、その前に。悪ふざけって事は無いんでしょうか?」
「本人が認めるなら、それでもいいんだけどね。ただ、どっちみちろくな事にならないわよ?」
「悪ふざけ、でもですか?」
「それだけ、霊応盤はデリケートなのよ。処分するにしても、正しい手順を踏まないと命に関わる事もあるの。そんなもので遊ぶ訳だから、例えガイド板に反応が無くても悪霊の類が近くで見ている可能性だってあるんだし、悪ふざけが全くのノーリスクなんて有り得ないわ」
 あの趣味の悪い霊応盤というものは、パトリツィオが魔術師だか占い師だかにわざわざ作って貰ったと言っていた。それが、まさかそこまで厄介な代物だなんて。まるで、呪いを掛けられるようなものだ。いやそもそも、そこまで現実に影響を及ぼす云われ自体が信じ難いが。
「どうしたらいいんでしょうか? 個人的にはさておき、
特務監察室の人間としては放っておくのは良くないと思うんですけど」
「んー、まあそうだけどね。私、お祓いとか専門外だしなー。先輩はどう思います?」
「別にいいんじゃねえの? 悪霊呼び出したのは自己責任って奴でさ」
 ウォレンはあまり興味の無さそうな素っ気ない口調である。あれは、いわゆる例の薬による倦怠感がそうさせるのだろう。
「祓う祓わないはともかく、まずは状況を確認して必要性があるかどうかを判断すればいいのではありませんか?」
 そう優しげな口調で、室長が提案した。
「えー? でも、無駄足になるかも知れないですよ?」
「大事なのは、心の平安を保つ事です。仮に何も問題が無くとも、形だけのお祓いをするだけでその人は安心するんです。そういう事なんですよ」
 大事なのは心の平安。それはもっともな考え方だとエリックは頷いた。オカルト事に振り回されず、生活を掻き乱されないこと。それが特務監察室の使命でもある。問題が無いからと放っておく訳にはいかないだろう。
「室長がそう言うなら、しょうがないかー。よし、じゃあ行きますよ。ほら、先輩も。どうせ暇なんでしょー?」
 納得の表情を見せたルーシーは、早速出掛ける準備をする。ウォレンは心底怠いという表情をしていたが、年長者が怠ける事に珍しく負い目を感じるのか、仕方無しといった様子で立ち上がり上着を着る。
 留守を室長に任せ、三人は早速パトリツィオの自宅へと向かった。こちらから出向く約束はしていないものの、土日も塞ぎ込んだままで一歩も外出はしていないらしく、おそらく今日もそのままだろうと踏んでいる。ただ、エリックが出向く以上は、少なからず特務監察室の存在とそことの関係を知られてしまう事になる。そこがいささかエリックは気懸かりだった。
 公務用の馬車に乗り、パトリツィオの自宅へ向かう。月曜の午前中という事もあり、道は普段よりも行き交う人や馬車が多く、あまり速度は出せなかった。今日中に解決方法を見つけなければ、本当にパトリツィオは死んでしまうのだろうか。それを思うと、進まない馬車に焦りを感じてしまう一方で、悪霊の実在を証明出来る何かが起こるのではという不謹慎な期待感を抱いてしまった。何にせよ、パトリツィオをこのまま見殺しにする事は寝覚めが悪い。何としてでも助けなければと、エリックはあえて決意を改める事で気を引き締めた。
「で、そのパトリツィオって奴はどこ住んでんだよ?」
「海近くの屋敷ですよ。結構大きな所なんですけど、実家じゃなく自分の家なんだそうです。普段は使用人もそこそこ居るみたいで」
「なんだ、金持ちかよ。ったく、金のある奴はすぐ馬鹿な遊びをして周りに迷惑をかけやがる」
「お金持ちじゃないのに、周りに迷惑をかけてばっかりの先輩は何なんです?」
「うっせーな。人間、生きてりゃ誰だって迷惑はかけるもんなんだよ」
 やがて馬車は大通りを抜け、市街から少し離れた港の見える海沿いの地区へと入る。そこは港の他は住宅地が多く、港も大規模な荷受けをするような所ではないため、この時間帯は非常に閑静だった。こんな静かでのんびりした所に住みたいと思う反面、通勤にはいささか不便だとエリックは思った。やはりどうしても、生活の起点は仕事が基準となってしまう。
 ふとエリックは、ウォレンが妙にそわそわしながら何度も窓の外の景色を確認している事に気が付いた。外に見えるのは建ち並ぶ邸宅ぐらいで、それがウォレンが気にする事のようには到底思えなかった。
「ウォレンさん、さっきからやたら外を気にしてませんか? 何かありました?」
「いや……ちょっと、あまり来たくない所に来ちまったからな……」
 来たくない場所。怖いもの知らずのウォレンにも、そんな場所があるのだろうか?
 珍しい事もある。そう思うだけで、エリックはさほど気には留めなかった。