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 件のパトリツィオの自宅は、聖都の港から程近い海際にあった。そこは玄関こそ豪勢な作りではあったものの、目立つ調度品も少なくすっきりとした印象を受ける佇まいだった。パトリシアからは趣味の悪い成金と聞いていただけに、この簡素さにはいささか拍子抜けである。
「やあやあ、パトリシア! 招待を受けてくれて光栄だよ!」
 中に入るや否や、真っ先に駆け寄ってきた馴れ馴れしい男。それが件のパトリツィオだとすぐに分かったが、彼の服装は思っていたより質素で、成金らしい嫌らしさが少しも感じられなかった。
「こんばんは。まあ、今夜は従兄弟が護衛付きですけど」
「おお、御身内の方を紹介戴けるのは光栄だなあ! 初めまして。パトリシアとは大学で懇意にさせて戴いているパトリツィオと申します。ほら、彼女とは名前が似ているでしょう?」
 紹介をされる前に自ら自己紹介し、決まり文句であるのかベラベラと長い口上を並べるパトリツィオ。エリックは早くもこの人物とは生理的に合わない予感がした。
「初めまして、従兄弟のエリックです。突然と押し掛けてしまって申し訳ありません」
「いやいや、とんでもない! 大変嬉しいですよ!」
 邪魔な自分はもっと冷遇されるかと思っていたが、パトリツィオは予想していたよりも人当たりが良く、さほどおかしな人間には思えなかった。しかし、いちいち長々と喋り馴れ馴れしい態度は、どうしても受け付けなかった。何となく、パトリシアの心境が分かる気がした。
 パトリツィオに奥の部屋へと通される。その部屋もまた玄関と同じように、最低限の調度品が置かれているだけの非常に質素なものだった。一つ一つの調度品こそ高級そうなものではあったが、またしてもパトリシアの言う成金趣味とは異なっているように見受けられる。
「その辺に適当にかけて寛いで下さい。今、お茶などを持ってきますので。いえ、せっかくの降霊会ですからね、使用人には暇を出しているんですよ。だから自分で用意しないと」
 そう言ってパトリツィオは、いそいそと部屋を後にする。俺達は取り敢えず、幾つか置かれているソファの一つへ腰を落ち着けた。
「ねえ、パット。確かにちょっと難のある性格ではあるけど、言うほど趣味が悪い訳でもなさそうだね」
「私もこの家に来たのは初めてだもの。まさかこんな風になってるなんて意外だったわ」
「服装も割と地味目だし、趣味が悪いのは親の方じゃない?」
「もしかすると。私、悪いこと言っちゃったかなあ。趣味が悪いって、一回面と向かって言っちゃったから」
 ならば、この家の妙な物の少なさは間違いなくそれが原因である。パトリシアは何の気なしに言ったかも知れないが、あのパトリツィオには相当応えたのだろう。きっと取り急ぎでパトリシアの趣味に合わなさそうなものは処分したに違いない。段々と、一体どちらに非があるのかがぼやけて来たように思う。
 パトリツィオに幾分同情していると、本人がワゴンを押しながら上機嫌で戻ってきた。ワゴンにはお茶の他に軽食が用意されている。それらもまた、何処にでもあるようなごく普通の物ばかりだ。
「さあ、どうぞ。厳選した最高級のルイボスティですよ」
 パトリツィオは実に様になる仕草で淹れて差し出してくる。お茶の良し悪しは分からないが、香りだけでもこれが安物ではない事くらいは分かった。それだけ本当に良いものをわざわざ用意したのだろう。
「あら、私がルイボスティ好きなの憶えててくれたのね。うちでは飲まないのよ。母が、まるで血みたいな色のお茶だからって」
「当然だよ。僕は、大事な事は一度で憶えて絶対に忘れないからね」
 パトリツィオは相当パトリシアに熱を上げている様子である。それに引き換え、パトリシアはあまり興味を持ってはなく、傍目からも分かる温度差がある。エリックは、パトリツィオには申し訳ないと思う反面、あまり長居したくない空気だと内心苦笑いしていた。
「ところで、あなたはこの屋敷にはお一人で?」
「使用人達を除けばそうです。まあ、ここは僕の家ですから」
 彼の家族の実家かと思っていたが、まさか自宅、自分よりも若いその歳で家持ちとは。流石に金持ちだと、エリックは部屋を眺めながら改めて感心した。
「それで、今夜の降霊会だけどね。実は専用の部屋を作ってあるんだよ。風水方角や地殻エネルギーの流れにもこだわった自信作だよ」
 また随分と胡散臭い言葉が飛び出して来た。それらは良く耳にはするものの、特務監察室ですら話半分の扱い方をされるものだ。けれど、そんな物に大金を掛けられる身分というのは羨ましいものである。
「私、降霊会ってよく分からないんだけど。何を呼び出すつもりなの?」
「今夜呼び出すのは、僕の死んだ母親だよ。君の事を是非紹介したくてね」
 さほど親しくもない仲でいきなり親に紹介したいと言うのも大概だが、しかもそれが既に故人だとは。どう触れて良いものか見当もつかず、エリックはパトリシアと顔を見合わせただただ困惑するしかなかった。