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日々の業務で発生する繁雑な業務は、主にエリックの仕事である。そのため細々とした買い出しもエリックが行うのだが、何故かその日はウォレンも買い出しへついて来た。いや、今日ばかりではなく、最近は出掛けるたびについて来ている。特にこちらの買い出しを手伝う素振りは無いのだが、理由を見付けては外出しようとするのは、おそらく例のジェイクの件だろう。少しでも現場に出会すチャンスを増やしたい、そんな思いから来る物だ。それを指摘しても、きっとウォレンは認めないだろう。だからエリックは、あえて気付かない振りをしていた。
ウォレンの気持ちは分からなくもないが、早々都合良く出会すとは思えない。そう思っていたエリックだったが、その日ばかりはそうも言ってはいられなかった。買い物途中のたまたま通りかかった銀行の前、そこで本当に唐突に、銀行の正面扉が中から凄まじい勢いで破られたからだ。
「えっ!? な、なんだこれ!?」
エリックは唖然としながら、飛んでいった扉と銀行の方を交互に見やる。誰かが銀行の扉を中から破った事はすぐに分かったが、それが銀行強盗とはすぐに結び付けられなかった。あまりに予想外のタイミングだったため、そんな簡単な事も考えられなかったからだ。
唖然としたままのエリックとは逆に、ウォレンは初動からして迅速だった。異変を察知するや否や、すぐさま銀行の正面へと飛び出し誰何を待ち構える。じっと扉の無くなった出入り口を睨み付けながら、右手が腰の後ろへと向かう。丁度上着に隠れて見えなくなっているが、ウォレンは常日頃から腰に大振りなナイフを携えている。明らかに日常では使い道の無いそれは、いわゆる軍用ナイフだ。持っているだけでも震えそうなそれを、ウォレンは手慣れた手付きで抜いて逆手持ちに構える。
ウォレンがナイフを携帯している事は知っているが、実際に使うのを見るのはこれで二度目である。基本的にウォレンは、人を恫喝してもナイフを使う事はなかった。それは元軍人としての矜持かと思っていたのだが、これから相手にしようとする人物はそんな事を言っていられない相手らしい。
果たしてそれは誰か。
焦りと動揺で真っ白になった頭が答えを導き出すよりも先に、その人物はゆっくりと建物の中から姿を現した。右手にはどこか建物の一部からもぎ取ったらしい棒切れ、左手には大きな麻袋を引き摺っている。足取りは幾分左右にふらついていて、何故かこの状況で鼻歌を歌っていた。
「ん? なんだ、ウォレンかよ! 奇遇だな、こんなとこで会うなんてよ!」
現れたその人物は、場違いなほど陽気で気さくにウォレンへ話し掛けた。しかしウォレンは、一言も発せずただじっと睨み付けるばかりだった。それは、会話そのものを拒絶しているかのように思える。いや、むしろ敵意を発しているのだ。
この男。一度見た切りだが、それほど昔の事ではないのだから、未だに良く憶えている。あれはウォレンの友人である、ジェイクだ。そしてこの状況、やはりウォレンが推測していた通り、連続強盗事件の犯人はこのジェイクだったのだ。
「すぐに警察が来る。それまでじっとしていろ」
「おいおい、いきなり連れねーなそりゃ。戦友に冷た過ぎやしねえか?」
「テメエはただの犯罪者だ。それを見過ごせねえだろ」
「ハッ、しばらく見ねえ内に御立派な口上を並べるようになったもんだ。テメー自身の事は棚に上げといてよ」
嫌味っぽく言い放ったジェイクの言葉に、ウォレンの肩がぎくりと震える。表情は変わらないように見えたが、エリックからの距離でもウォレンが奥歯を強く噛み締めた事が見て取れた。
「お前まさか、昔の事は忘れよう、今は清く正しく生きようなんて、人生舐めた事思っちゃいないよな?」
「黙れ。テメエには関係の無い話だ」
「関係無くはねーよ。同じ部隊にいた奴があんな事をしたんじゃ、俺だって同類だと思われちまう」
「それは……こっちのセリフだ! 強盗と同類だと思われたかねーよ!」
ヘラヘラと挑発するかのようなジェイクの言動と、苛立ちと僅かに焦りを感じさせるウォレンの態度。ジェイクはウォレンの兵士時代の事を知っているようだったが、それはウォレンにとって思い返したくない過去のようである。ただ、不謹慎だと自覚はしているが、エリックはその過去に興味があった。普段のウォレンは、そういった自身の事についてほとんど語ってはくれないからだ。
「とにかく俺は、テメエをただ取り締まるだけだ。じっとしてろ」
ナイフを構えつつ、じりじりと慎重に間合いを詰めるウォレン。その様子を眺めながらジェイクは、軽んずるように鼻で笑った。
「取り締まる? 今度は殺したくないってか?」
そう言い放った直後だった。一瞬総毛立ったように見えたウォレンが、矢のように真っ直ぐジェイクへ突っ込んで行く。その勢いを乗せたまま、ジェイクの腹へ膝を叩き込んだ。ジェイクの体は折れ曲がり、吹っ飛んだ勢いで建物の壁へ叩きつけられる。背中、もしかすると後頭部も強かに打ち付けたかも知れない。構えたナイフを使わなかった分マシだと思ったが、あの勢いでやられては死んだとしてもおかしくはない。
驚くほど冷たい目でジェイクを見下ろすウォレン。だが不思議な事に、あれだけ強く蹴りつけたジェイクに対して未だ警戒を解いていなかった。むしろ、反撃を恐れて追い討ちを躊躇ってすらいる。
そこでエリックは、件の連続強盗犯の特徴を思い出した。そう、犯人は体のどこにどれほど損傷を受けても、立ちどころに塞がって平然と立ち上がって来るのだ。
「おー、ひでえな。これ、普通はマジで死ぬぞ」
そしてジェイクは、そんな軽口を飛ばしながら、にやついた表情で立ち上がった。