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 昼食から戻り、午後の仕事の準備を始める前に少々寛ぐ。それは、正にその最中の事だった。不意に執務室のドアをノックされたかと思ったら、エリックが応対に立ち上がる前にドアは開けられ、そして数名の男達が無遠慮に入ってきた。
「警察庁の者だ。ここにウォレンという男は居るな?」
 警察庁と名乗った男達は、じろりと執務室内の人間を一人一人睨み付ける。エリックは、そこに悪意のような冷たさを感じ、喉がぎゅっと縮んで声が出せなくなった。
 ウォレンは自席で新聞の賭博欄を読んでいて、そんなウォレンに警察庁の人間もまた否が応でも視線が止まる。互いに無言ではあるが、表情は非常に険しく不穏な空気である。今にも取っ組み合いをしそうな張り詰め方に、エリックは何とか仲裁に入ろうとするものの、体が石のように硬直して動いてくれなかった。
 そんな不意の状況に、一番最初にリアクションを起こしたのは、意外にも今日は午前中から執務室へ来ていた室長だった。
「どういった御用件でしょうか? 事前に連絡も無しに、随分と不躾ですが」
 室長はゆっくりと席から立ち上がり、実に堂々とした態度で彼らの前に立った。
「例の連続強盗事件は知っているだろう。このウォレンという男が容疑者と接点がある事が、我々の捜査で分かった。よって、重要参考人として聴取をさせて貰う」
「我々特務監察室は、首相直轄の独立組織です。業務の妨げになるような形で人員を拘束するつもりなら、正式な令状を取得して下さい」
「あくまで、捜査の協力を要請するだけだ」
「人員の時間を奪うなら、言い方を変えようが同じ事です。繰り返しますが、まずは令状を用意して下さい」
 普段のおっとりとした姿からは想像もつかない程、室長は毅然とした態度で堂々と警察庁の人間に相対している。エリックはその頼もしい姿に感動する半面、何も出来ずおろおろする自分を情けなく思った。
「ああ、室長。話だけってなら、別にそこでいいぜ。今日はまだ空いてるだろ」
 ウォレンは、口調だけは面倒臭そうに応接スペースを指す。如何にも暇潰しに相手をする、という言い方に、彼らは幾分か不快感を見せた。
「ここでは無関係の人間も居るため、捜査情報の秘匿が守れませんので。当方へ御同行戴きたい」
「うちは首相直轄の組織だって言ったろ。ここであったことを口外する人間は居ない。それでも納得いかないなら、首相に掛け合えよ。首相の勅令なら、俺達誰も逆らわねーよ」
 首相直轄の組織。やはりその言葉には相当の威力があるのか、警察庁の彼らはそれとなく打ち合わせを始める。流石に有無を言わさず連行するような事は出来ないのだろう。
「では、こちらで」
 妥協せざるを得ないのか、ようやく彼らは応接スペースでの聴取に応じた。それでも、彼らの拠点よりはマシ程度の状況なのだろう、室長もウォレンも共に表情は固いままだ。
 応接スペースのソファーに、相対して座る。警察庁側は三人と残りがその後ろに立つ。対して特務監察室側は、室長とウォレンが並んで座った。エリックとルーシーは、少し離れた自席で事の経緯を見守る。
「では、まず。かつては軍部に所属し、軍事行動にも従事していた。相違はあるか?」
「ああ。北西の駐留軍、第三分隊にいた。最終階級は伍長、五年半前に自主的に除隊した。その後、このラヴィニア室長に拾われて今に至る。これでいいか?」
 警察庁の彼らは、持参した資料を見ながらその内容を確認している。おそらく今ウォレンが言った程度の経歴は、予め調査済みなのだろう。
「ジェイクという男を知っているな。お前と同じ、かつて第三分隊に居た男だ」
「ああ、知ってるさ。薬なんかで破滅した、どうしようもない馬鹿野郎だ」
「一番最後に会ったのはいつだ?」
「ついこの間だ。別のまともな方の戦友の見舞いの帰りに、偶然な」
「何を話した?」
「別に。向こうから一方的に世話話をして来ただけだ。他は何もねーよ」
「それを証明する事は出来るか?」
「出来る訳ねーだろ。逐一自分の行動を証明出来る方がおかしいっつーの。お決まりの文句だか何だか知らねーけど、お前ら真面目にそんなこと言って恥ずかしくねーのか?」
 そう挑発的な口調を浴びせるウォレン。室長は無言のままそれを窘める事はせず、浴びせられた当人達は幾分か表情に感情が浮かべている。
 エリックは、今のウォレンの言動に違和感を覚えた。あの時の行動は、自分も同じ場に居たのだから、自分が証言出来るはずなのだ。なのにそれをさせないのは、ウォレンにはさせたくない意図がある事になるのだが。
「率直に言って、このジェイクという男が連続強盗事件の犯人だ。奴がそうである事は知っていたか?」
「知らねーな。ま、あれだけ落ちぶれた奴だ、一気にそこまで落ちても不思議じゃねーな」
「自分は関与はしていない、と言う事だな?」
「そうだ。俺は真っ当な模範的市民だぜ」
 ウォレンの言動はいささか挑発的ではあったが、強盗犯との関与は一貫して否定している。例え無実でも、自分はああも堂々とは振る舞えないだろう。エリックは、ウォレンの豪胆さが羨ましく思えた。
「件の強盗犯についてだが。どれだけ知ってる?」
「異常にしぶといとか聞いたぜ。薬でもやってんだろ。未だにさ。後は世間一般と同じ程度だぜ」
「打たれ強さの原因は、やはり麻薬によるものだと思うのか?」
「単なる一般論さ。痛覚が麻痺すりゃ、多少の事じゃ怯まなくなる。それに、あいつには前科もあるからな。いや、前科がつくところだった、の方が正しいか」
 ジェイクには、かつて麻薬が原因で除隊処分となった経緯がある。一度麻薬の味を覚えてしまうと、なかなか止められないと聞く。だから、ジェイクがまた麻薬をやっていると考えるのは自然な流れだろう。
 これで、警察が知りたそうな情報は大方確認出来たのではないだろうか。ウォレンはジェイクとの接点はあっても、事件そのものへの関与は無い。もう聴取は続けるだけ時間の無駄だろう。そうエリックが思っていると、ふと彼らの中の一人が随分とトーンを落とした声でウォレンに訊ねた。
「人間は、薬だけであそこまで異常になるのか?」
「どういう意味だ?」
「軍事機密に触れるかも知れないだろうが、どうしてもそれが知りたい。ジェイクは、幾ら攻撃を受けようが死なず、たちどころに血が止まった。自分も一度だけその光景を見たのだから、間違いはない。ただの薬物で、人間はあんな不死身のような体になれるものなのか? 軍部では、そんな研究をしているのか?」