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「あーあ、またこれかよ」
翌週の朝、執務室でウォレンはいつものように新聞を見ながら、如何にもうんざりした口調で声を漏らした。
「何かありましたか?」
「例の連続強盗だよ。今度は中央区の聖都銀行だと。ったく、警察は何やってんだかな」
今、聖都で起こっている連続強盗事件。その事はエリックも新聞や噂で知っていた。白昼堂々と銀行等に乗り込んでは金を奪えるだけ奪って逃走するという、とにかくその手口は凄まじく強引なものだ。犯人は腕っ節も強いらしく、警備員や警察などは何人も負傷者が出ている。何でもかんでも腕づくで解決する、そんなとんでもない強盗が今もなお聖都に潜伏しているのだ。
「あ、でもその事件って、なんか結構きな臭い話もあるんですよー」
ルーシーがいつもの浮ついた口調で参加する。
「何だよ、きな臭いって」
「槍で貫いても死ななかった、頭に当たった矢を自力で引っこ抜いた、剣で斬りつけても平然としていた、そんな話です。いわゆる、ウチ向けって意味ですよー」
「ハッ、下らねー。警察が自分らの失態を言い訳にしてるんだろ」
「でも、もし本当に言い訳するなら、もうちょっと現実味のある話にしません? 何か事情があるのかもよー」
どんな攻撃を受けても全く怯まない。それは確かに現実では考え難い事だ。もしもそんな力があれば、銀行強盗でも容易いだろう。ただ、力の使い方についてそんな発想にしか至らないのは、哀れと言わざるを得ないが。
「もしかして、何か画期的な防具を着けているのではないでしょうか? それがあまりに非現実的に見えたので、まるで不死身のように解釈してしまったのかも」
「その方がありそうだな。だったら、兵器メーカーなんかを疑うべきだろう。開発中の試作品を盗まれたが、悪用されまくったせいで今更言い出せないとか、そんな事なってるだろうぜ」
「となると、どこかなあ。年寄り臭いレイモンド商会なんか怪しいですねえ」
「俺は軍部と見るね。あいつら、昔っから縦割り社会で無駄に機密主義だからな」
不死身よりかはよっぽど現実的である。しかし、それはそれで問題ではあるだろう。こちらの武器が通用しない何者かが強盗を繰り返しているのは、紛れもない事実なのだから。
その日は特にこれと言って仕事も無く、エリックにとっては非常に退屈なまま業務が終わった。そして、また先週末のレースか何かで小金持ちになったというウォレンに連れられ、もはや自分も常連客になりそうな例のバーへと向かう。
ウォレンはバーの中でもいつもの調子だった。軽口を叩き、次々と酒を煽っては、また軽口を叩く。実質的な被害が及ばなければ別に構わないというスタンスのエリックではあったが、やはりウォレンの酒の飲み方には気が気でないのは事実だった。ウォレンは、後先を考えない自己破壊的、厭世的な部分がある。特に最近はそんな傾向が強いように思える。先日の公休日に病院近くで偶然会った時の、あの神妙な様子は何処へ行ったのだろうか。ウォレンの浮き沈みの極端さには、未だ戸惑う事が多い。
ひとしきり飲んでウォレンの足取りが不安になった頃、エリックはウォレンを連れてバーを後にした。明らかに飲み過ぎのウォレンではあったが、まだ飲むと呂律の回らない口で何度も繰り返している。飲みたいから飲むのではなく、飲むことが一種の義務になっていないだろうか。普段からさほど飲んだりしないエリックには、そんな風に感じられた。
ウォレンの乗る乗り合い馬車の停留所間で連れて行く。そこから先は分からないが、ウォレンは一人で帰れると言うため、ひとまずエリックはウォレンが乗る所までは見届ける事にする。
飲み始めた時間が早かったせいか、停留所には未だ自分達以外に人気は無い。だからだろうか、エリックは自分でも鋭過ぎると思えるほど、彼の接近にはすぐに気が付いた。
その気配はぐるりと自分らの座るベンチの後ろを横切り、わざわざウォレンのすぐ隣へと腰掛ける。この馴れ馴れしい距離感、同じ酔っ払いだろうか? そんな事を思っていると、その男はウォレンとは対照的にしっかりした口調で話し掛けて来た。
「よう、お前ウォレンだろ? 俺の事、まだ憶えてるか?」
「ああ? 誰だ、お前」
「俺だって。ほら、第三分隊で一緒だった」
「第三分隊って……ああ、ジェイクか」
「何だよ、ちゃんと憶えてんじゃねえか。ハハッ、そういう素っ気ない所は相変わらずだな」
ジェイクと呼ばれたその男は、何やら嬉しそうにウォレンの隣で笑った。だが対照的にウォレンは、笑うどころか表情が冷え切っている。端から見ても、ウォレンが彼をあまり好きではない事が良く分かる。
「そっちは部下か何かか? 今は何してんだよ」
「しがない公務員だ。気楽にやってるさ」
「へえ、お前いつも気楽に生きたいって言ってたもんな。良かったな、夢が叶って」
「そうだな」
陽気なジェイクとは違い、何時になく冷えきったウォレンの態度。二人の関係をかつての戦友と思っていたエリックだったが、これは明らかにそんな単純なものではないようだった。どちらかと言えば、ジェイクが一方的にウォレンを友人だと思っているか、もしくは昔こそ友人だったが何らかの理由で仲違いしたといった様相だ。
「それで、お前こそ何をやりやがった?」
「何をって何だよ?」
「お前、軍部を除籍されたそうだな。普通に勤めてりゃ、名誉除隊出来る経歴なのによ」