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セドリックの身柄は、管轄警察の署内にあった。しかしそれは、あくまで任意での同行であり、現在は法的に彼を拘束する根拠は無い。セドリックがそれを主張し帰ろうとしないのは、警察が自分を逮捕出来ない自信があるからと、今日の公演まで大分時間があるからだ。
エリック達三人は、担当刑事の案内で捜査本部へ通された。そこで現状分かっている事は説明されるが、それ以上は特にこれと無く放置される。当然ではあるが、特務監察室の本当の業務内容を知っている者は僅かであり、ほとんどの刑事は三人を首相が監視目的に寄越した厄介者程度にしか捉えていないためである。
「被害者の名前はスチュアート、住所は東四番街、職業は商社勤務のようですね。経歴にも特に変わった点はありません。ああ、趣味で武術をしているようですね。大会でも上位入賞の常連です」
「少なくとも、同業者ではないって訳か」
「セドリックとの接点、見つけられるでしょうか。共通の知人でもいない限り、全くの赤の他人同士でしょうね」
人もまばらな捜査本部の片隅で、三人は捜査資料などを見ながら現状分かっている事を分析する。確定している事は、セドリックが公然と殺人予告をした事と、その対象が実際に死亡している事の二点のみ。因果関係はあくまで調査中であり、実際にセドリックが手を下したという事にはこだわっていない。むしろ捜査方針としては、事件は彼の共犯者による犯行であり、その共犯者を突き止めるとなっている。エリックもまた、マジックで人を遠隔殺人したというよりも、共犯者による犯行と見るのが妥当だと考えている。
「昨夜の公演では、舞台上で実際に遠隔殺人を連想させる演目があったようですね。ここ見て下さい。舞台上で、ナイフで等身大人形を滅多刺しにし、そのまま片付けてしまうだけという妙なものがあったようです」
「ガイシャの死因は?」
「全身を滅多刺しにされた事によるショック死ですね。傷は全て正面からなので、顔見知りの犯行なのかも。人形のパフォーマンスは、犯行方法がマジックによるものだと印象付けるためでしょうか」
人形を被害者に見立て、同じような方法で殺害すれば、確かにマジックで殺したように思う者もいるかも知れない。けれど大半の人間は、悪趣味な見立てだと思うだけだろう。何かしら殺意があるのなら、娯楽と絡めて殺すような行為は明らかに異常なのである。
「そういやお前も一回公演を観てるんだったな。そん時は、こんな事してたのか?」
「いいえ、まったく。元々、そんな意味不明なシュールなキャラクターじゃ無いですし」
ブラックナイトは、純粋に人を驚かせ楽しませる舞台だった。確かに意図の不明な言動はあったけれど、それは後々に向けた伏線であり、必ず見事なマジックへと繋げてみせていた。投げっ放しで終わらせるような無駄など、少なくともエリックの観たブラックナイトには存在しなかった。
「セドリックとガイシャの接点は、現在調査中か……。それは刑事に任せておくとしてだ、問題は殺害方法だよな。お前ら、どんな方法が考えられる?」
「普通に考えて、共犯者ですよねえ。マジックで殺しました、なんて有り得ないと言っとくのがまともな神経ですから。で、もう一つ。やっぱりセドリックには魔法の力があって、それで遠隔殺人を実行した。それならウチ向きの案件ですけど」
「遠隔殺人という線なら、手品という事もありませんか? 何かこう、自動で事を起こすような仕掛けを用いていたとか」
「仕掛けを回収する時間があるなら、まあそれも可能だろうな。問題は、その仕掛け自体を俺ら凡人が推理出来るかってとこだが」
人を、それも滅多刺しで殺すような仕掛けなど、到底考え付く筈がない。ただ、そもそもそんなものが有り得るのかという疑問も残る。それだけ大掛かりな仕掛けを設置し、誰にも気付かれずに標的をしとめた後にこっそりと回収する。少なくとも単独犯で実行出来る内容ではない。共犯者が居るのなら、尚更仕掛けなど無意味だ。
やはり、共犯者が殺害を実行したと考えるのが一番自然だ。けれどその結論には何ら疑問が浮かばない訳でもない。
「ちょっと思ったんですけど。実は、初めから被害者は死んでいて、それをあたかも今殺したように見せるような事は出来ないでしょうか?」
「なんでそんな事する意味があるんだ?」
「殺害方法ですよ。自分は魔法で殺したんだ、と主張していますけど、そんな自白じゃ逮捕も起訴も出来ません。何せ、魔法の存在は科学的に立証されてないんですから」
「それこそ、科学的な方法で殺したって証明じゃないのー? 本当に魔法でやったなら、わざわざ宣伝する意味ある?」
「という事は、殺害予告やパフォーマンスには別な意図がある事になりますよね。死体が出来た経緯に何か、警察や世間の目をそらしたいものがあったのか」
「そもそもな、死亡推定時刻は昨夜の公演のあった時間帯だぞ。死体をフレッシュに温め直す方法でも無い限り、そこは崩れねえよ」
我ながら良い発想の転換かと思ったのだが。やはり、共犯者の線が一番現実的だという結論の信憑性が高まる。だが、それでは別の疑問が出て来る。何故セドリックは、あたかもマジックで殺したかのようにわざわざ宣伝したのか、という点だ。もし共犯者がいるとするなら、自ら騒ぎ立てて自分との接点を作り出す必要性が無い。被害者が見付かっても、無関係を装っていれば誰も疑いもしないはずなのだ。
「どうしてセドリックはわざわざ予告をしたんでしょうね。まるで、警察に疑って下さいと言わんばかりに」
「殺害が目的じゃないのかなー? 確かに変ですよねー」
最も自然な結論は、共犯者による犯行。しかしセドリックが取った行動は、そのメリットを潰すものばかりだった。
何か、彼の考え方と自分達の現状認識に食い違いがある。その噛み合わなさが、三人を悩ませた。
新たな意見も生まれず、すっかり動きが無くなってしまったその時だった。一人の若い刑事がおもむろに近付いて来ると、恐る恐る話し掛けて来た。
「あの……被疑者の聴取は終わりにするそうです。間もなく舞台の準備をしないといけないとかで、お帰りになるとか。構いませんよね?」
セドリックはまだ任意で事情聴取をしている段階である。本人が帰ると言う以上、ここに拘束出来る法的な根拠は無い。
「何だよ、別件でも何でも足留めしとけよ」
「駄目ですって。いつの時代の官吏ですか。あ、我々は捜査情報が知りたいだけですから、逐一確認は取らなくて結構ですよ」
「はあ……そうですか」
若い刑事は如何にも恐縮した返事をし、また何処かへと戻っていった。
とにかく手掛かりが不足している。そんな空気が感じられる。そしてそれは、特務監察室も同じである。これが、果たして異常者の犯罪なのか、超常現象による犯罪なのか、線引きが未だ出来ていないのだ。
すると、突然とルーシーが名案を思いついたとばかりに手を打った。
「つけましょう! セドリックのこと。今から帰るんですよね?」