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 すかさず二人は、エリックに対して険しい表情をぶつけてきた。
「証拠はねーよ! でもな、事実に決まってるだろ! 現に、今まで俺らが財務省に連れてった連中は、一人として顔を見てねえんだぞ!?」
「それまでの素性を知っている人には、接触されないようにしているのでは? 特に錬金術の事を知ってる人なら、金をこっそり融通して貰おうとか企むかも知れないですし」
 まさか本気でそれを考えていたのだろうか。ウォレンはエリックの指摘にうっと呻き声を漏らし息を飲む。そこに今度はルーシーが続いた。
「だから、裏組織が生かさず殺さず使ってるんですって。いい金蔓なんですから、政治の裏金や秘密の取引に使うんですよ」
「それもどうでしょうか。不自然なお金の流れや財力には、必ず誰かが気付きますし。第一、セディアランドの金は流通路がかなり明示的ですよね。大量の金をさばこうとしたら、出所とか細かく確認されますよ。逆に確認されないような少量なら、一度に得られる額は学生の小遣い程度でしょうし。出所の不透明な金塊が大量にあっても、正直ゴミの山でしかないのでは」
 ルーシーには、エリックのその反論が想定外だったのだろうか。口をぎゅっと悔しげに結んで睨み付ける。だが納得できる内容でもあるため、それ以上の事は何もしなかった。
 二人の言っている非現実的な話は、完膚無きまでに叩きのめした。エリックはささやかな勝利の余韻に浸る。けれどその直後、一つの疑問が浮かんできた。
 ゴミから金を作れる技術があっても、現代の経済の構造ではあまり意味が無い。ならば、政府がここまで徹底して取り締まる必要はあるのだろうか?
 たかだか一人二人が少しばかり裕福な暮らしをする程度なら、例の数の論理においては誤差の範囲である。その僅かな誤差でも、金銭が絡むからシビアに捉えているのだろうか。となると、政府は想像以上に金という物を恐れているのかも知れない。だからこそ、錬金術というものを危険視しているのか。しかし、程度の問題でもある。
 考えれば考えるほど、人一人を連れ去るほどのリスクを背負ってまで錬金術というものを社会から抹消する理由が分からなくなった。あえて理由をこじつけるなら、ゴミを金に変える技術が実在するという事実そのものを消そうとしている、そう考えるのが妥当だ。そう、それはつまり、我々特務監査室と同じである。大元の目的は、社会の混乱を未然に防ぐ事だ。
「しかし、アイツの身柄押さえるついでに、資料も押収しときゃ良かったな。今からでも、アイツの家に戻ってみるか?」
「えー、無理だと思いますよー。財務省の人達がとっくに押収してるみたいだったしい」
「チェッ。別に俺は、大それた事になんざ使わねーから見逃して欲しいもんだなあ。俺はちょっと種銭が欲しいだけだってのに」
 そう嘯いているように見えるウォレンだったが、案外それが本音であるかも知れない。錬金術があれば、確かに少量の金ならば困る事は無くなるだろう。少量の金を作り、聖都中の貴金属店をローテーションしながら換金していけば、質素な暮らしをする分には充分である。だが、特に働く事を面倒がる人間ならば、きっと二度と働く事はしなくなるだろう。もしかすると政府が危険視しているのは、その部分かもしれない。だったら、初めから特務監査室にそう言ってくれても良いものなのだが、この件だけは特務監査室の人間であろうと同類に見られてしまっているのだろうか。
 話題も金の話から一転二転と別の話題へシフトしていき、やがて業務時間の定時を迎えようとする。そんな頃だった、突然と執務室へ室長が戻って来た。
「あら、みんな揃っていたのね。丁度良かったわ」
「え、何がでしょうか?」
「みんな、今日はこの後に時間はあるかしら? 最近みんな頑張っているようだから、食事でもどうかと思うの。私が奢っちゃうわよ」
 その言葉に真っ先に反応したのはルーシーだった。
「やった! それじゃ、早く行きましょ! 今日は何処のお店ですか?」
「そうねえ。三番通りのあそこは前に行ったから、今日は南区にしましょうか」
 子供のようにはしゃぐルーシーはいつもの事だが、ウォレンも心なしか表情が綻んでいる。あまり食い意地を張るタイプではないのだが、代わりに高い酒なら何でも好きだと公言する質である。人の金で飲む酒など格別だと思っているに違いない。
「あの、室長。先月も御馳走になったばかりですのに。宜しいのですか?」
「いいのよ、みんなには頑張って貰っているんですもの。気にしないで」
 そう言って、いつものように人当たりの良い柔和な笑みを浮かべる室長。確かに、役職上は室長の方が多く給与を貰ってはいる。けれど、こう頻繁に奢っていては出費も馬鹿にはならないだろう。それでもみんなが頑張ってくれるならと、少しも惜しんだりはしないのだ。
 エリックは、室長の金銭感覚が普通の人とはまるで異質だと思った。普通の人間なら、貯蓄にしろ散財にしろ、まず自分ありきでお金を考える。けれど室長は、自分ではなく皆のためを考えるのだ。お金に対する執着心が薄いのか、もしくはお金への価値観がそもそも違うのか。どちらにせよ室長は、どれだけの大金を前にしても少しも振り回されないだろうと思える。むしろ、お金を従えているような感すらある。
 世間一般の人間が全て、お金に振り回されずに従える事が出来たとしたら。きっと、もっと違った世の中になっているのかも知れない。そんな事を思った。
「あ、そうだ。室長なら御存知ではないでしょうか。あの、ガルマンという錬金術師なんですけれど。今後はどうなるでしょうか?」
「ああ、それなら普通に起訴されるわよ。偽造罪と、行使準備罪。最高で死刑まである重罪なんだから」