BACK
件の錬金術師は、北地区の四番街という意外にも小綺麗な住宅街に住居を構えていた。この地区は平均年収よりもやや高い収入がある層が多く住み、比較的治安も良く落ち着いた一帯である。対象者である錬金術師ガルマンは、学生時代からここに住んでいたのだから、実家は元々それなりに裕福なのだろう。
ガルマンは四番街の一画にある集合住宅に住んでいる。そこは二階から地階まで揃っているのが特徴で、その広さは通常の一人暮らしでは持て余しそうに思える。普通の仕事では、なかなかこう贅沢な間取りは取れない。
三人は予め管理人と話をつけた後、ガルマンの部屋へ向かった。時刻は平日の昼下がり。通常なら出社中で不在であるはずなのだが、この数日は休暇を取って籠もっている事を特務調査室が調べている。恐らく今も部屋の中に居るはずなのだ。
「すいませーん、役所の者ですけどー。ちょっと確認させて下さーい」
ウォレンはわざとらしい朗らかな声で、声色に似つかわしくない勢いでドアを強く叩く。ガラクタを高値で売りつける悪徳販売業者のようだ、そうエリックはウォレンの様子を見て思った。
「すいませーん、留守なんですかー? 今日確認が取れないと、困るんですよー。こちらもねー、裁判とかは費用が掛かるので避けたいんですー」
無茶苦茶な理屈だ。エリックは、この言動にかえって標的に勘ぐられるのではないかと不安になる。しかし、多少たしなめた所でウォレンが止まってくれるはずはない。
「何だ、誰だよ。うるさいな」
やがて、中から一人の青年が酷く苛立った表情で現れる。こちらを警戒すると言うよりも、振る舞いに腹を立てている様子だった。
「あー、もしかしてガルマンさん? 御本人に間違いない?」
「そうだけど。あんたら、役所の人間? 何だってんだよ。税金なら払ってるぞ」
「よし、やるぞ」
本人であることを確認するや否や、ウォレンは突然ドアとガルマンの胸倉をそれぞれの腕で同時に抑えた。ウォレンの行動が理解出来ず目を白黒させるガルマン。抗議の声のようなものをあげようとするが、残る二人はそんな事など気にも留めず、抑えたドアの間から素早く室内へ雪崩れ込む。それを確認した後、ウォレンはガルマンを突き飛ばすように室内へ押し込み、自分も中へ押し入ってドアを後ろ手に閉め施錠する。
「ちょ、ちょっと! 何なんだあんたら! うちに金なんか無いぞ!」
突然の凶行に、ガルマンは怒りと恐怖が入り混じった表情で怒鳴る。しかしその震えた声は、エリックですら怯むにいたらない弱々しいものだった。とは言え、内心エリックは申し訳なさと後ろめたさの両方を痛感していた。今の手法は、完全に押し込み強盗と同じやり口だったからだ。幾ら本人を逃がさないためとは言え、仮にも官吏が使って良い手口ではない。
「またまた、御冗談を。知ってるぜ? アンタ、いいもの作ってるそうじゃねえか」
腰を抜かしたまま立ち上がれないガルマンの元へ屈み込むウォレンは、馴れ馴れしくガルマンの肩を叩いた。ウォレンの指摘に余程驚いたらしく、背筋が緊張でぴんと伸びる。
「な、何の事だかさっぱりだな!」
「とぼけんなよ。俺達は、全部調べてるんだぜ? お前の研究とかよ」
ウォレンの詰問に対し、ガルマンは必死でとぼけようとするものの見る間に表情は青ざめていく。ウォレンの言っている事が全て図星なのは明白だった。もはや確認するまでも無いのだが、ウォレンはあえて意地悪く質問攻めにしてガルマンを追い詰めていく。
「ウォレンさん、これじゃまるでマフィアか何かみたいですよ。僕達はそんな事をしに来た訳じゃありません」
「チッ、うっせーな。何だよ、だったらお前がやってみろ」
そうウォレンは露骨に悪態をつきながら、ガルマンを離す。そして、入れ替わるように今度はエリックがガルマンへ近付いた。
「まず、誤解のないように説明させて頂きます。我々は財務省の者です。今回は、あなたが金の錬成に成功したと聞き及んだため、その事実確認と提案のために参じました」
エリックの丁寧な話口調に、ガルマンは幾分落ち着きを取り戻し話を聞こうという姿勢を見せる。エリックはそこで慌てずに、じっくりと落ち着いて話を続ける。
「て、提案ってなんだよ。騙されないからな!」
「まず、御認識頂きたいのは。あなたが金の錬成に成功した事は、とっくに知れ渡っているという事です。何か心当たりがあるのではありませんか?」
「えっ? そんな、あれは誰にも知られぬようにこっそり研究していた事なのに……」
「それは良く分かります。ですが、事実漏洩しているからこそ、こうして我々が来ているのですから」
疑いの眼差しを向けながら、しばし考え込むガルマン。そして程なく、何かを思い出してハッと息を飲んだ。
「そ、そう言えば! 昨日、学生時代の知り合いが急に訪ねて来た。別にそんな親しい仲じゃなかったのに。もしかして、金の事を?」
「そうかも知れませんね。他にも無心にいらっしゃった方がいるのでは? そうでなくとも、急に親切になった方や、唐突に知り合いとなった方など」
「う、ううっ……」
ガルマンは額を押さえながら、苦悶の表情でうつむき呻き声を漏らす。エリックの言っている事は何の根拠も無いデタラメだが、ガルマンには思い当たる節があるのだろう。
打ち合わせ通りにうまくいった。そうエリックは安堵する。予めウォレンが威圧的に追い詰めた後、エリックが丁寧な態度で説明し信頼を得る。そして金に対する不安感を煽ってやる事で、こちらの提案を受け入れやすくする作戦なのだ。
「アイツ、何か急に親切になったと思ったら……あいつもいきなり休みを代わってくれたし……そうか、どいつもこいつも俺の秘密を知ってやがったんだな」
「そういう事です。では、本題なのですが。我々は、あなたに適切な環境を提供する用意があります」
「適切な環境?」
「はい。例えば、好きな研究に没頭出来る施設、潤沢な研究資金と資料。社会的な身分、安全な生活環境、そういったものです。可能な限り、あなたの御要望にお応えいたしますよ。もちろん、それに対する見返りも求めはしますが」
「それが……俺の錬金術って訳だな」
「そういう事です。我々は政府機関ですから、本来ならお金でどうにかなるものではない物も提供する事が出来ます。決してあなたにとって不利になる提案ではありません。犯罪組織に誘拐され活動資金を提供させられ続けるよりも、よほど堅実な選択かと思いますよ。これは、双方が得をするビジネスのお話だと受け取って下さい」