BACK

 管轄の警察署に戻り、早速あの設計図を鑑識係に見てもらう。だが、やはりかなりの専門知識を有していなければ解読は困難なのか、いずれもかなり難しい表情をしている。そんな状況にじれたウォレンは、彼らの沈黙を無理矢理破った。
「そんで、結局のところどうなんだ? この設計図通りに作れば、こう人間の首を絞めるような機能が出来るのか?」
「それについてですが、絶対にあり得ません。仮にこのセディアランドで一番の人形作成者にこの設計図通りに人形を作らせたとしても、何の動きも出来ない人形が出来上がるだけです」
 何の動きも出来ない人形。エリックはその言葉が引っかかった。エリックにも設計図の意味する所はほとんど理解出来ないが、もっと根本的な部分くらいは理解出来る。
「あの、でしたらこの設計図は、一体何のためにあるのでしょうか? おかしいですよ。動かない人形のために、どうしてこんなに複雑な構造が必要なんですか」
「そうだね、それは確かに当然だよ。我々も、現場から押収したあの人形は、当然専門家を集めて調べて貰ってはいるんだ。けれど、みんな同じ結論を出したんだよ。この人形は絶対に動かないって」
「そう言い切る根拠はあるのか? 単に、そいつらには理解できない構造って可能性もあるだろ」
「そもそもの構造的な理由です。あの人形には、動力源にあたる仕掛けがどこにも無いそうですから。設計ミスなのではないかと思われるように」
 だから、今更設計図が出て来ようとも、結論は何も変わらないという事なのだろう。人形が人を殺したかも知れないが、その人形には肝心の機能が搭載されていない。それでは事態が混迷するばかりだ。
「じゃあ、なんでうちに回して来たんだ? 人形が殺した訳じゃないなら、何者かが侵入して殺したってことだろ。人形にちゃちな工作しておいてさ」
 そう、人形が関わっていない事が明白なら、これは単なる殺人事件である。特務監察室へ回す案件ではないのだ。
「そうなんですが……実は、一つ重大な事がありまして。その、これは署内に箝口令も敷かれた事で、検察に送る書面にも記録しないように言われているのです」
「何だよ、まだ隠し事してんのか。別に言わねーよ。うちは、そんな話ばっかりの所だ」
「それじゃあ、実は……。あの人形なんですが、最初被害者が借金の形に無理矢理取り上げたものだと思われていたのですが。どうも、そうではないようなのです」
「そうではない? じゃあ、どこから持ってきたんだよ」
「そもそも被害者は、からくり人形には興味が無かったらしいのです。そして集める人形にしても、もっと小さく子供でも持ち運べるくらいのものが好みだったようで」
「じゃあ、なんであの人形はあそこにあったんだ?」
「……状況証拠的に……何者が持ち込んだか、あるいは人形が自らとしか……」
 自信なさげに打ち明けられたその内容に、三人は揃って訝しそうに眉をひそめた。
「人形が、わざわざ歩いてきて、作者に変わって復讐にやってきたってか?」
「……なので、箝口令なのです」
「ま、おおっぴらに話せる見解じゃねえな」
 人形が自分の意思でやってきて、あの凶行に及ぶなんて。それこそ考え難い事である。そもそも今自分の口で、人形は動かないと言ったばかりではなかったのか。全くもって、理解に苦しむ見解だ。
「それで、この件はどう収めるつもりなんだ? どっちみち、うちの調査報告は検察に出せるような代物じゃないんだぞ」
「おそらくですが……被害者は何らかの方法で自殺したという所に落ち着くと思います。人形に殺されたなんて表沙汰には出来ないですし、ましてや実在しない犯人を挙げるというのも倫理的に不可能ですから」
「フン、だったら俺らもこれ以上時間を割く理由はねえな。引き上げさせて貰うぜ。それとだ、あの人形はうちが貰ってく。いいな?」
「は、はい。そのように聞いていますので、保管台帳からは削除しています」
 最後まで聞き終えるかどうかの所で、ウォレンはこれ以上話は無いとばかりに踵を返して部屋を出て行く。その後をすぐにルーシーとエリックが追って出た。
「それじゃ、保管庫から人形持って帰るぞ。ルーシー、その後の保管はいつも通りだ」
「はーい。でも私、思うんですけど。あの人形、一応分解しといた方が良くないですか?」
「また徘徊して人を殺すかもってか? もしくは、何かの呪術に使われるかも知れないと」
「ま、そんなとこです。分解したら、大抵の人には元に戻せないでしょうし、ただ保管するにしてもずっと安全ですよ」
「それもそうだな。よし、頼んだぞ」
「先輩もやるんですよ。たまには、部下と仕事をシェアしましょうよ」
 二人はいつもの調子で話してはいるが、エリックはじっと考え込んだまま腑に落ちない気分でいた。今回の事件の真相究明が、特務監察室へ回ってきたという訳ではない事は分かった。曰く付きの物はうちが管理するという事も分かる。問題は、事件の真相そのものだ。人を近付けない富豪を、一体誰がどうやって殺害したというのか。皆が暗黙の内にこれ以上の追求を避けているように見えるが、明らかにあの人形が犯人だと断定している。そしてその結論は、あまりに非科学的だ。
 何故、追求を止めるのか。
 何故、それで納得するのか。
 特務監察室の役割は、事実を突き止める事ではなく、世の中を混乱させない事だ。けれどそんな事は、あの歯切れ悪く喋る彼らのように、誰にでも出来る事ではないだろうか。
 特務監察室は、何のために存在する組織なのか。エリックは改めてその存在に疑問符が浮かんだ。