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人形の作者であるワームは、都心からやや離れた山間付近に工房を構えていた。芸術家にありがちな人間嫌いが理由ではなく、付近に自生する竹林が人形製作には欠かせない材料であるのが主な理由なのだそうだ。しかし、たったそれだけのためにここまで利便性を捨てる生き方について、エリックは到底理解が出来なかった。
「うわー、如何にもな場所ですねえ」
ひっそりと佇む工房を前に、まず放った第一声がそれだった。ワームが死亡してから管理する者もいなかったらしく、周囲は雑草が伸びるがままに伸びている。かつてはそれなりに趣もあったであろう木造の建物も、あちこちが破れ黒カビが目立ち始めている。屋根もいささか傾いているように見え、さほど遠くない内にもっと決定的に傾く事を予想させた。人が住んでいない建物はすぐに荒れるとは言われているが、たった一年そこらでここまで荒れるものなのか、そうエリックは思わずにいられなかった。
「んで、何をすりゃいいんだ?」
「何言ってるんですか、先輩は。そもそも先輩が受けてきたヤマでしょうが。先輩が殺人課の連中に、これはマジで人形が犯人だからって報告出来るような証拠を見つけるに決まってるでしょ」
「うーん、今更なんだがな。別に証拠なんざ無くとも、そういう事だからってごり押しすりゃ良くないか?」
「私は別に、殺人課と仲違いしたり先輩の株が下がっても関係ないですけど。一応、真相は確かめないと気が済まないんですう」
「けっ、どうせただの好奇心だろ」
伸び放題に伸びた雑草を掻き分け、工房へと向かう。工房の玄関の鍵はかかっておらず、三人はそのまま正面から中へ入っていった。限界の次の間は仕事場らしい広く大きな部屋で、そこは至る所に何かしらの道具と人形が並んでいる。特に人形は保管庫で見たものと同じ大きさで造形も良く似ており、それらに四方八方から視線を向けられる衝撃は被害者のコレクションルームでの比ではなかった。
「ったく、薄気味悪いなあ。さっさと終わらせちまおうぜ。俺は埃っぽいのは苦手なんだよ」
そう愚痴るウォレンを尻目に、エリックは早速捜査を始める。
工房は、この広い仕事部屋以外は最低限の設備しかなく、仕事のための構造になっている事が分かった。それだけに、仕事部屋以外には生活感を感じる物すらなく、手掛かりとなりそうな物があるとしたら全てここに集中しているように感じる。エリックは、まずは数多く並んでいる人形に着目した。
「全部、雰囲気は似ていますね。みんな男の子で、髪の色や顔の造型も同じように見えます」
「誰かモデルがいるんじゃないのか?」
そうウォレンに指摘され、エリックは捜査資料を見る。すると、ワームには亡くなった三歳の息子がいたという事項を見つけることが出来た。
「亡くなった息子さんを偲んでのことでしょうか」
「死んだ息子使って金儲けかよ。腐ってんなあ」
「ウォレンさん! 幾ら何でも酷過ぎますよ!」
ハイハイといい加減な返事を返すウォレンは、やはりあまり捜査に乗り気ではないようで、適当に周りを足でひっくり返す程度の事しかしていない。もういっそ外に出て貰おうか、エリックはそんな事すら思い始める。
しかし、何か有力な手掛かりが無いものかと探してみるものの、これと言ってピンと来るものは一向に見つからない。そもそも自分は捜査なんて素人同然であって、捜査の着目点すら的外れなのかも知れないのだ。果たしてこんな事に何か意味はあるのか。エリックは、いつしかそんな疑問さえも憶え始める。
思うように進展しない停滞感から、工房の至る所に置かれている人形達へ視線を向ける。いずれも全く同じ造形であまりに精巧な外見のため、もっと薄暗い所であれば見た目そっくりな子供達に囲まれているように錯覚すらするだろう。決して腕が悪かった訳ではないのだろうが、どこか歪さを感じる光景である。
「……あれ?」
ふとエリックは、人形達を眺めている内にその中の一つが何かを手にしている事に気が付いた。すぐに近付いてそっとそれを手に取って見る。それは、何処にでもあるような革表紙の手帳だった。ワームのものだろうか、そう思いながらエリックは中を開いて覗いてみる。
「うわあ……」
そこに書かれていたのは、被害者であるロレンツに対する一方的な恨み言の数々だった。かなり精神的にも錯乱していたのか、文法だけでなく文字そのものが読めないものも少なくない。しかし、文体を眺めるだけでも相当強い恨みを持っていた事は理解出来る。そもそも、こんな走り書きをするためだけにわざわざ手帳を用意した事も異様に感じる。ルーシーの話によると、特別な知識が無くとも強い怨念だけでも奇っ怪な現象は起こせるのだと言う。真偽はともかく、これでワームが強い怨念を持っている事だけははっきりした。
だけど、これでは何の物証にもならない。もっと他に、具体的に殺人へ結び付くような物でなければ。そう思い手帳を押収物として仕舞い込んでいる時だった。
「おう、これ。もしかしてアレじゃねえのか?」
のそっとウォレンが何かを中央の作業台の上へ広げる。一応捜査はしていたようだか、アレだけでは何の事だか分からない。エリックは早速広げられたそれを確認に近寄る。
「あ! これってもしかしたら設計図?」
ルーシーが指差すそれ、まるで網の目のように無数の細かい部品が所狭しと描かれた奇妙な図だったが、少し離れて見るとそれらの部品が人形の輪郭を作っている事が分かった。からくりなどまるで専門外である三人には、これほど多くて細かい部品が集まった構造など理解出来るはずもなく、ただただ物珍しさから図を眺める。