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「皆さんにお伝えしたいのは、サハン外務相閣下が仰っていた、事件の実行犯の聴取内容についてです。昨夜閣下の依頼を受けて、私が実際に聴取を行いました」
 アーリンが犯人の聴取を行った。よほど予想外の事だったのだろう、にわかに室内がざわつき始める。
「実行犯の名はラサと言い、聴取については外国人が行う事を要求していたそうです。また、彼はその者に公正な発信力も求めていました。その点から、私の聴取にも応じて頂けました」
 通常の聴取を拒否した男から、何故アーリンは聴取が出来たか。そして、その内容は一体どういうものなのか。いつしか、部屋中の誰もが手を取めカップを置き、アーリンの話に聞き入っていた。
「まず、彼の犯行の動機と目的についてです。このファルス号が拠点とするファルス市ですが、かつてあの土地は彼らが先祖代々住み続けていた、彼らの土地でした。しかし、クワストラ政府がファルス号建設のための用地確保の一環で、彼らより土地を奪い取ってしまったのです。殺害された政務官は、彼らと同じ一族の者ですが、クワストラ政府に内応したため、殺害したそうです。一族に対する裏切り者、その粛正という所でしょう。敢えて目立つ形で殺害したのはそのためですが、もう一つ彼には理由がありました。それこそが、本日皆様が参加される入札会です。既にお気付きでしょうが、我々外国人に対する抗議と脅迫です。彼らは入札会自体を取り潰そうと画策していました。土地を不正に奪った件も併せ、政府へ土地の返却を要求するためです」
 かつて政府に奪われた土地を、強硬的な手段で奪い返す。その事実に、流石にどよめきが走った。しかし、すぐに反論を述べる者はいなかった。天性の才能なのか、アーリンの話し方には不思議と惹き付けられるものがあり、皆がそれだけ信頼性のある話として聞いているからだろう。
「ラサは私にこうも言いました。もしも私が、聴取内容を公表しなかったり、ねじ曲げて公表したりした場合。もしくは、入札会が予定通り行われてしまった場合。そのどちらの場合でも、更に乗船している人間を殺し続けるそうです。それも、今度は入札会に関わった人間全てが標的となります」
 そこで、一人が発言の許可を求めるように手を挙げた。あれは、サザンカ商会の担当営業のイトーという男だ。
「犯人は既に拘束されているのですよね? 仮にそうなったとして、では一体誰が次の犯行に及ぶのですか?」
「それは、彼の共犯者です。閣下は、調査の結果共犯者はいないと仰いましたが、それは誤りです。このファルス号には、彼らと同じ一族の人間が多数乗船しており、今も虎視眈々と機会を窺っているやもしれないのです」
 共犯者の存在を断言するアーリンに対し、またしても会場中にどよめきが走る。つい先程、サハン外務相が共犯者の存在を自ら否定していただけに、にわかには信じ難いのだろう。皆、何言うでもなく互いに顔を見合わせ、アーリンの発言の信憑性についての認識を確認し合う。
 これでアーリンの立場、即ち、サハン外務相とは相対するというものが明らかとなった。その上、この会議室には警護のためのクワストラ兵が何名も配備されているにも関わらず、そんな彼らの耳に届いても構わないという言い方である。心情的には、アーリンはこの会場で一気に孤立したようなものだ。
「以上が、皆さんにお伝えしたい事柄です。クワストラ政府は、このような非人道的な行いをし、そしてそれは今回の入札会にとって少なからず関係している事です。これからお話しする私からの提案は、この事実を踏まえた上でのものになります」
 いよいよ本題に入った。アーリンの凛とした口調が、じわりと熱を帯びる。それに呼応してか、一同の緊張感もより一層高まった。
「皆さんは、いずれも世界に名だたる大企業です。当然ながら、社会の公器としての一面も併せ持つ訳で、その素行は末端社員に至るまで模範的である事が当然とお考えでしょう。ならば、このような後ろ暗い素養を持つこの新規開発事業には、少なくとも事実内容の正当性が確認出来るまで、無闇に加担すべきでは無いとお考えにはならないでしょうか?」
 かなり直接的なクワストラ政府への批判と、それに荷担するべきではないという、アーリンの訴え。誰しもが息を飲み、じっと周囲の気配を窺う。それは俺にも分かるほど、明らかに困惑していた。少なくとも一蹴出来るような、軽く扱える内容ではない、そういう共通認識を持っているようだった。アーリンとサハン外務相、どちらに同調するべきか。そんな葛藤が見て取れる。
 そんな彼らの決断を後押しするため、更にアーリンは提案を畳み掛ける。
「皆さん、本日の入札会は、クワストラ政府への抗議の意味も込めて、ボイコットしていただけないでしょうか? ラサ達一族との和解を、テーブルの上に出すのです。彼ら一族の報復行動という今後のリスクを取り除いた上に、クワストラ政府への更なる交渉のカードとなり得る、最良の提案だと思います」