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 朝食会の会場として指定されたのは、昨夜の夜会会場から程近い、少人数用の会議室だった。さほど参加者が多い訳ではない事と、警備のしやすさからなのだろうが、肝心のクワストラ兵の中にラサの一派が何人も紛れている事を考えると、あまり安心は出来なかった。
「あら、もしかして閣下でしょうか?」
 会議室の近くまでやって来ると、ふとアーリンが声をあげた。見ると、会議室の入り口の両脇にはクワストラ兵ではなく、サハン外務相の専属警備兵が立っている。
「閣下も出席されるのか?」
「いえ、聞いてはいませんが……」
 今日の朝食会の目的は、昨夜のラサから聴取した内容を主要企業へ伝える事である。クワストラ政府にとっては不都合な内容でもあるが、伝える事に関してはサハン外務相も了承済みである。
「同席される事で、話の信憑性を確かなものにするためでしょう。さあ、参りましょう」
 アーリンはさほど気にも止めずに、会議室へと向かう。だが、俺はどうにも気に掛かってならなかった。サハン外務相としては、むしろ与太話として受け止められた方が都合が良い筈である。何故、わざわざ話の信憑性を確かにする必要があるのだろうか。これはむしろ、アーリンに余計な事をさせぬよう監視に来たのではないか、そんな気さえする。
 出入り口の警備兵から身分照会と簡単なボディチェックを受け、会議室の中へと入る。会議室には中央に大きなダイニングテーブルが据えられ、各席に名札が並べられている。そして最奥の上座には、いつものように警備兵を付けたサハン外務相が着いていた。
「やあ、おはよう。よく眠れたかね」
「おはようございます。ええ、とても居心地の良いお部屋でしたから」
「それは良かった。何せ、このファルス号は建造されてから随分経つ。今の若者には古臭く見えるのではないかと、心配していたのだよ」
 そう朗らかに話しながら、サハン外務相はコップでミルクを飲む。おそらく、彼の毎朝の習慣なのだろう。
 部屋を見渡すと、我々とサハン外務相と配備されているクワストラ兵の他には、まだ出席者の姿は無かった。テーブルの名札を見ると、レイモンド商会、サザンカ商会、スタインベック社と、今回の入札会において最も資金力があるであろう三社が出席するようだった。
 アーリンはサハン外務相とつつがなく歓談しているようなので、俺はひとまず付添い人用に設けられている部屋の隅の待機スペースへ着いた。
 用意されたコーヒーを自分で淹れつつ、テーブルにならんだ各局の名前を見比べながら、アーリンの発表に対しどういった出方をするのか、あれこれと思案する。レイモンド商会は、アクアリアでフェルナン大使を通じ何かと付き合いのある企業である。以前のちょっとした仕事がきっかけで、俺自身も個人的な付き合いがあり、何か入り用な時はいつもレイモンド商会に用事を頼んでいる程だ。
 そんなレイモンド商会だが、前例があるためか風評にはやや過敏な所がある。ラサ一族の事情を知れば、もしかすると心変わりする可能性があるかも知れない。
 スタインベック社は、レイモンド本社に匹敵する資本力を持った大企業である。レイモンド社が南西部の開拓に手間取っている事を知っている以上、間違いなく強気に出て来る筈だ。まず間違いなく、今回の入札会は降りる事はない。
 サザンカ商会は東部の企業であるため、ラングリス時代には名前程度は良く聞いていた。今はヤーディアー大使とも繋がりがあるようだが、正直なところどういった企業色を持っているのか分からない。出方を注視するなら、まずはここの企業だろう。
 それにしても、アーリンはアプローチがどうと言っていたが、一体何を企んでいるのだろうか。それはサハン外務相の前で行っても問題はない内容なのか。遠目から二人の談笑風景を見ていると、この風景をめちゃくちゃに壊してしまいそうで、そればかりが気になってならない。
 しばらくして、数名の団体が世話話をしながらぞろぞろと入室してきた。その中には、ニコライとミハイルの姿もある。ニコライはサハン外務相に挨拶をした後にテーブルの席へ着き、ミハイルは俺と同じく付き人の待機スペースへやってきた。
「おはようございます。アーリン様も招待されたのですね」
「ええ、少々事情がありまして」
 ミハイルは企業とサハン外務相との朝食会だと思っていたのか、アーリンの出席理由を知らないようである。此処で説明する訳にもいかず、俺は言葉を濁した。
 俄かに出席者達が揃った。いずれも各地方を代表する、世界的な企業ばかりである。今後、彼らが中心となってクワストラで事業を起こし、大々的に開発を行っていく事になるのだが、それを意識すると、随分と歴史的な瞬間に立ち会う事になったものだと感慨深く思う。しかし、アーリンの存在がすぐにそんな余裕も無くしてしまう。
 彼らの並びを端から見てみると、アーリンの異質さがより鮮明に映った。各企業の代表でもなければ、外交官としてはあまりに若く、肩書きも大使代理という不相応なものだからだ。
 若者が背伸びをしたがるのは、至極真っ当な生理現象ではある。けれど、それが言い訳として通用する場としない場がある。アーリンは果たしてどこまで自分をわきまえ抑えられるのか、そればかりが気掛かりでならなかった。