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 サハン外務相との会談が終わった後、会場に戻ってこれまでの経緯をヤーディアー大使へ報告、それから解散して各自の部屋へと戻り、結局床に就いたのは日付も変わって大分過ぎてからの事だった。仕事柄、深夜に及ぶ残業や不規則な時間帯の業務には慣れているが、今回はこれほど大きな騒動になるとは思いも寄らなかった事で、心身共に酷く疲れ切っていた。しばらく泥のように眠りたいとは思ったが、明日は朝一で有力企業と名士達だけを集めた朝食会がある。アーリンも当然参加するため、俺だけが寝ている訳にはいかないのだ。
 ほんの少しうたた寝したような睡眠の後、普段よりも早い時間に目を覚ましベッドから這い上がる。疲れはそれほど残ってはいなかったが、何より眠気が目の奥にへばりついて離れなかった。それでも、冷たい水で顔を洗って何とか奮い立たせ身支度を整えた後に、すぐ隣のアーリンの部屋のドアを叩いた。
「おはようございます、サイファーさん」
 アーリンは昨夜と同じく、明るい笑顔で挨拶をする。就寝したのは同じ時間の筈だが、まるで疲れや眠さを感じさせなかった。若さのせいなのか、何とも羨ましいものだと思う。
「では、これから朝食会だ。準備はいいか?」
「ええ、大丈夫です。どういうアプローチをかけるかも、きちんと考えていますから」
「アプローチ?」
「昨夜、サハン外務相が仰っていたじゃありませんか。この件は、私に一任すると」
 一任、その言葉に俺はぎょっと目をむいた。昨日の二人の会談では、そんな話は出ていなかったように思う。ただ、時折声を潜めるように話していたから、もしかするとその辺りであった申し出だったのかも知れない。後からその事をきちんと確認しなかった俺が悪いのだが、そんな大役をアーリンのような若輩に投げる、サハン外務相の責任感の無さにも憤りを感じた。
「引き受けた以上、それがどういう意味を持つのか分かるな?」
「クワストラ政府の新事業、これの成功の行方がかかっている訳ですね。責任重大ですよ」
 やはり分かっていない。
 自信満々に答えるアーリンだったが、俺は溜め息をつきそうになった。重要なのはそこではなく、今後何が起こっても責任の所在を押し付けられかねない立場になった、という事だ。成功すればラサ達から恨まれ、失敗すればクワストラ政府から恨まれる。どちらに転んでも、決して手放しで喜べはしない。
「はっきり言っておこう。ラサ達の件は朝食会で包み隠さず話せばいい。だが、それがサハン外務相からの要請である事は、必ず強調しろ。君は、単なる使いっ走りの立場であることを、皆に認識して貰わねばならない。何故なら―――」
「今の私は、クワストラ国内の対立に首を突っ込み、板挟みの立場になっているから。どこかで、所詮は物事の分からない若い女のする事だから、と大目に見て貰うような立ち回りが必要、という所でしょうか?」
「そこまで分かっているなら、話は早い。君の立場は、自分で思っているよりもずっと危ういぞ。下手をすれば、このファルス号からも無事に下船出来なくなるかも知れない」
「それくらいは分かっていますし、覚悟の上ですよ。とにかく、サイファーさんの御忠告には感謝しますが、これは私に任せて下さい。私が、思う通りにしたいのです」
 そう断言するアーリンに、俺は更に詰め寄った。
「君は一体何が目的なのだ? 襲撃犯の動機を直接聞き出したいなどと言ったかと思えば、今度はクワストラの国内問題に首を突っ込み出した。好奇心の充足で説明のつく内容ではないんだぞ」
「分かっていますよ。その上で、私はそう行動しているんです。全て覚悟をしていますから」
「それは、何のための覚悟なんだ?」
「何者かになるため、です。私は、フェルナン大使の娘と呼ばれるだけの人生なんて、願い下げです。私は外交の世界において、もっと存在感を示したい。それも、純粋な自分自身の実力で、です」
 アーリンは真っ直ぐ俺を見つめ、またもはきはきとした滑舌の良い口調で断言する。確かにただの好奇心のような、浮ついたものは見られない。だが、功を焦る若者のようにも見える。その姿はまさに、かつて監部に所属していた時、上司の不正を告発しようと躍起になっていたが結局失敗した、自分自身と重なって見えた。
 力づくで押さえつける事も出来るし、まだ訴えるべき危険性の話もある。けれど、幾ら説得した所で応じはしないし、納得もしないだろう。そして、納得しなければ同じ事を繰り返す。大半の人間、特に若い人間は、実際に経験しなければ納得出来ないものだ。
「仕方ない。だが、本当に危険な場合は止めるからな」
「サイファーさんのお手を煩わせるような事はしませんよ。大丈夫、安心して見ていて下さい」
 それが出来るなら、初めから誰もが安心してアクアリアから見送ってくれたのだ。そう言いかけ、かえって藪蛇になるだろうと、言い出す前に言葉を飲み込む。だが、実際問題これ以上アーリンを関わらせたくはないとは思う。年端も行かない内に頭角を現す天才など、歴史上でも数える程しかない。確かにアーリンは、歳の割に聡明な所はある。けれど、百戦錬磨の財界人や政治家を相手に互角以上に立ち回れるほどの実力は、流石に持ち合わせてはいないのだ。