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そろそろ談笑にも飽いてきた、そんな空気が場内を漂い始めた頃だった。おもむろに壇上へ一人の中年男性が立ち、自らへ注目を促した。
「お集まりの皆様、本日は我がクワストラ主催の夜会へ御参加戴きありがとうございます。ここで、既に御承知済みの事と存じておりますが、確認のため、今後の予定について御連絡させて戴きます」
男は政府関係者らしく、場に相応しい華やかな礼装を身にまとっていた。肌はクワストラ国民の特徴でやや浅黒く、眉や髭も非常に厚く多い印象を受ける。傍目には厳めしい風貌なのだが、よく通るすみやかな声と、礼儀正しく腰の低い素振りが、風貌の近付き難さを感じさせなかった。
「入札会は、明日の一日、そして予備日として明後日一日を予定しております。入札内容に関しては、既に御送付済みの通りに行われます。明日は、午前に流通と人材関連、午後には開発計画及び加工関連となります。その後、再びこちらの会場で晩餐会を予定しております」
入札会は一日で行われ、全てが終わらなかった場合には予備日を使う。これが大まかな流れだ。けれど、俺達は基本的にここには関わらない。あくまで企業達の場であり、外交官は場違いだ。明日は別室に用意された談話室辺りで、今日よりも気楽にくつろいで過ごせる筈だ。もっともそれは、アーリンがおとなしくしていればの話ではあるが。
「サイファーさん、実はお願いがあるのですが」
そう願った端から、唐突にアーリンが駆け寄ってきた。
「実は、ヤーディアー大使から明日の入札会に参加してみないか、とお誘いを受けたのです。それで、是非とも参加してみたいと思うのですが」
「参加も何も、我々は企業ではない。入札など、資格も資金も無いだろうに」
「ええ。ですが入札者とは別に、関係者席のようなエリアが設けられるそうです。そこなら、入札の雰囲気が味わえます。サイファーさんの分の席もあるそうですよ」
「味わってどうするんだ」
「勿論、後学のためです」
きっぱりと断言する、迷いのないアーリンの表情。また余計な事に首を突っ込む、そのきっかけを作ったヤーディアー大使に、俺は恨み言の一つも言い放ちたい気分になった。
「大して面白いものではないと思うがな。君は、入札会の形式を知っているのか?」
「勿論。司会進行が入札事業等を読み上げ、各企業が用紙に金額を書き込んで投函、その中で最も高額だった企業に落札される、ですよね?」
「そうだ。それに、入札額は大筋相場が決まっている。各企業の資金力と照らし合わせれば、落札者など大体想像がつくだろう」
「ただでさえ、今回は談合が横行していますからね」
その明け透けな物言いに、俺は今の話を聞かれてはいやしないかと慌てて周囲を見回す。幸いにも、皆の注目は壇上に向かっており、端の壁で雑だする我々は気にも留めていなかった。
「流石、あのフェルナン閣下の御息女。なかなか言葉に遠慮がありませんね」
サーブラウは傍らから、さも愉快そうに笑った。少し酒を飲み過ぎているのか、明らかに平素よりも陽気になっている。
「こういう場では、もう少し使う言葉を選んでくれ。それが分からない訳でもないだろう」
「どうせ、誰も聞いていないと思ったからですよ。それより、入札会、構いませんよね?」
「今のような軽口を慎むならばな。若い娘が楽しむようなものでもないだろうに」
「入札後、どういった企業に下請けを出すか、そういう繋がりを観察するのが楽しいですよ。経済の流れが良く見えて」
俺は詳しい訳ではないが、一般的な若い娘とは全く趣味が合っていない。言動から察するに、仕事として関わろうとしているより、単に興味の対象として関わろうとしている節がある。やはり、フェルナン閣下の血筋がそうさせるのだろう。外交官としての一点に限れば、将来有望と見るべきかも知れないが。
「今後のスケジュールについては、以上となります。皆様、引き続きどうぞごゆっくり御歓談下さい」
壇上の説明が終わり、一礼する男にまばらな拍手が送られる。男は律儀にそれに応え、惜しむ事なく愛想を振り撒く。彼の気質なのだろうが、自分よりも二周りも歳を取った男が愛想を振り撒くのは、まるでクワストラ政府の余裕の無さを体現しているかのようで、どこか悲哀を感じられた。
「さて、もう催し物も無いだろう。そろそろ部屋へ戻るぞ」
「お疲れでしたら、サイファーさんだけお先にどうぞ。私は、まだ歓談をしていますから」
「まだ話すのか。明日に備えなくていいのか?」
「人間、一晩くらい眠らなくとも大丈夫ですよ」
そうは言うが、徹夜明けの人間の顔ほどみっともないものはないと、俺はそう思う。どんな事情にせよ、少なくとも公の場や社交界の集まりに晒すものでは無い。
「ならば、俺も此処にいる。目を離すなと言われているからな」
「無理しなくてもいいんですよ」
そうアーリンは微笑む。だが、その気遣いはまるで年寄り扱いされているような気がして、俺は一層意固地になった。
「まあまあ、サイファー殿。せっかく大使の部下同士が顔を合わせたのですから、今夜は飲み明かしましょう。こういう機会はなかなかありませんよ」
そうサーブラウが合いの手を入れるが、まるで俺を宥め賺しているように聞こえ、やはりあまり気分は良くなかった。人に言われると反発したくなる自分の気質を再度思い返し、俺は努めて冷静になって、そうですねと意気投合の素振りを見せ、サーブラウとグラスを合わせた。
その直後の事だった。
「えっ? ちょっ、壇上には勝手に上がられては―――」
壇上で説明をしていた男が、狼狽えた声を出している。何かあったのか、そう何の気なしに視線を壇上へ向ける。
「あれは……」
壇上の下手から一人の男が早足で現れ、狼狽える中年男に近付いて行く。その服装は夜会の参加者のような華やかな物ではなく、出で立ちは明らかにファルス号の乗船など認められない粗末なものだった。
「うわっ! ま、待ってくれ!」
男は目と鼻の先ほどの距離まで詰め寄ると、即座に右腕を大きく頭上へ振りかざす。直後、それは会場の照明受けてぎらりと不気味な光を放った。
男が振りかざした物が何であるのか、一同が把握し息を飲む。男は少しも躊躇いもなく、振りかざしたそれを中年男へ振り下ろした。