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 二人に案内された先は、二階のほぼ中央にある最も広い特別室、その裏手側に位置するもう一つの特別室だった。部屋の前には、礼服を着込んでいながらも腰には反りの大きな民族刀を下げた、眼光の鋭い男が二人立っていた。この部屋には重要人物が居る、と宣伝をしているかのような警備体制である。
 二人の警備役はこちらの接近に気付くや否や、片方が前に進み出、もう片方が後方から油断なく睨みを利かせる。共に、腰の民族刀に手を掛けており、迂闊な動きをすれば瞬く間に斬り捨てられそうなほど、濃密な殺気に満ちている。
「レイモンド商会の者です。外務相閣下とのお約束で参りました」
 警備役の男は、一度中に確認をしつつ、じろりと大きく見開いた目でこちらを品定めする。代理とは言え、大使の名代であるアーリンにまでして良い行いではないのだが、先方にも何らかの事情があるだろう。俺は無言のまま、彼らのチェックが終わるのを待った。
「どうぞ」
 そして安全の確認が取れたのか、警備役の男は恭しくドアを開けて中へと招く。それに従って入室すると、すかさずドアを閉められた上に外鍵まで掛けられた。大した警備ぶりだと、思わず溜め息をつきそうになる。
「不躾で申し訳ない。何分、事情が事情でしてな」
 部屋の中央にある応接スペース、その中心にはスーツ姿の壮年の男性が深くソファーへ腰を下ろしていた。その周囲には、外の警備役と同じ格好をした男達がずらりと並び、鋭い眼光で部屋中を警戒している。とても尋常ではない光景に、俺は思わず二の足を踏みそうになった。
「さあ、掛けて楽にしたまえ。これは非公式の場であるから、構えなくとも宜しい」
 厳めしい男達に囲まれた壮年の男は、実に対照的ににこやかで柔和な物腰だった。けれど、流石にこれだけの緊迫した空気の中で、寛げと言われて寛げるほど神経は太くない。どう出れば良いのか、そっと視線をニコライ達へ向けると、二人とも明らかに緊張した面持ちで愛想笑いを浮かべているだけだった。
「それでは、御言葉に甘えて失礼いたします」
 そんな中、アーリンは普段のように自然な笑みを浮かべて一礼すると、促されたソファーへそっと腰を下ろした。大の大人達とは違い、この状況に全く緊張などしていないらしい。
 俺は咄嗟にアーリンの背後へ、出来るだけさり気なく場所を移した。とても平然と振る舞いながら席に着ける気がしないが、こうすれば如何にも警護役に徹しているように見えるからだ。
「さあ、レイモンド商会の方も。遠慮なさらず。我がクワストラは、あなた方を歓迎しておるのですから」
 そこまで促されて、ようやくニコライ達は遠慮がちにアーリンの側の席へと着いた。しかし、肩先が此処からでも分かるほど震えている。恐怖によるものなのか、緊張感から来るものなのか。ともかく、二人からは緊張感の他に、ある種の闘争心のような覇気が窺えた。
「お初にお目にかかります。在アクアリアのセディアランド大使フェルナンの娘、アーリンと申します。この度はフェルナンの代理として伺わせて頂きました」
「私はクワストラ外務相のサハン、今回の入札会の責任者です。突然の御招待、不躾なのは承知の上でしたが、お会い出来て光栄です」
「こちらこそ。外務相閣下とお近づきになれた事を嬉しく思います」
 クワストラ外務相サハン。彼は、今回の新鉱脈における開発事業を企画し、外資企業の誘致を推進する人物だ。本件における最も重要な中心人物である。
「突然、お呼び立てして申し訳ありません。なにせ、セディアランド大使が我が国へお出でになられていると聞いたもので、是非とも御挨拶をしたいと思い立ったものですから」
「いえ、とんでもございません。今回はフェルナンの都合で代理での参加ですが、いずれ日を改めて本人が御挨拶に伺います」
「それはそれは、光栄の至りですな」
 機嫌良くにっこりと微笑むサハン外相。それは無理も無い事である。現在、クワストラ国は反体制主義色が強いという理由から、正式な国交を結んでいる国がほとんど無く、他国の外交官と会談する機会が皆無に等しいからだ。無論、実際に反体制主義政権という訳ではなく、鉱脈利権の争いから国際的なカルテルを結び、抜け駆け交渉をしないよう国同士で監視し合っているのが本当の理由だ。そして、それを知っているクワストラ側もその事情を逆手に取って、貴金属の市場価格を政府がコントロールする事で利益を上げている。そんな暗黙の外交を行なっているのだが、此処に来て外相が一国の大使と懇意になったとでも知られたら、それだけでサハン外相の評価は格段に上がるだろう。そして、紳士協定を破ったとして割りを食うのはセディアランドである。
 簡単にそんな約束をするものではない。たとえ社交辞令のつもりでも、一度口に出せば言質を取られるのと同じ事だ。
 これ以上、ヘマを重ねてもらう訳にはいかない。俺は、じっとアーリンの後ろ姿を睨みながら、どうか余計な事は言わないでくれと、必死で祈った。
「それにしても、物々しい警備のようですが。やはり、今回の開発事業には反対派も居るのでしょうか」
「どの道知られる事ですから、隠し立てはしますまい。その通り、この開発事業に対してクワストラ国内の保守派が強く反発しています。多少のシュプレヒコールなら問題は無いのですが、中には物騒な排斥派もおりましてね」
「閣下は脅迫を受けている、という事ですね」
 踏み込み過ぎだ、そう思わず表情をしかめそうになり、アーリンを制止しかける。だが、サハン外相は特に気に留める事もせず、ただばつの悪そうに笑うばかりだった。
「なに、連中は外相の肩書きすら憎いのだ。脅迫など今に始まった事ではない」
「けれど、今回は流石にタイミングが悪いのでは?」
「警備体制に抜かりはないよ。それ、この通り」
 誇らしげに、周囲の屈強な男達を示すサハン外相。つまり、事態はそれほど現実的で深刻という事である。
 どうやらこのクワストラ、新規開発事業の件で相当に危険な情勢にあるようだ。