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「この子の名前は、レオニードといいます。この国の東部の出身で、今年で十七歳になります。レナートと名前が似てますね」
「それで、どういった経緯であんな所に居たんだ?」
するとレオニードは、再び立て続けに様々なサインを出すような手振りをして見せた。最初はでたらめに手を振っていたように思っていたが、これが手話だと意識して見ると、確かに会話をしているように思えなくもない。
「そもそも彼は、随分前に両親から捨てられたそうです。やはり言葉が話せない事と、貧困が原因のようですね。その後は施設を転々としていたようですが、ここ何年かは特技のおかげで組織に飼われていたそうです。で、組織同士の揉め事による手打ちの条件として引き渡される所でしたが、直前になって条件に折り合いが付かなくなり、そこへ私達が介入した事でこのやうになったみたいですね」
同じである組織での取引かと思っていたが、どうやらあれは別な組織との会合だったようである。あの荷馬車の中身が、手打ちとする条件だったのだろう。それにしても俺達は、とんでもないタイミングに出くわしたものだ。果たして運がいいのか悪いのか、いささか悩む所ではあるのだが。
「その特技って何だ? 連中が欲しがるような、特別なものなのか?」
「えっと……なるほど。はい、その特技というのは麻薬の調合や合成だそうです」
「は、麻薬の?」
この国は他国に比べて厳密に取り締まりはされていない。それは、あのお茶で十分に実感している。だがそれよりも、こんな子供が犯罪組織から重宝されるほど麻薬の取り扱いに精通している事に、相当な驚きを覚えた。普通はもっと年の行った専門家が担当するイメージがある。
「何でまたそんな特技を……」
「たまたま拾われた人が、その道の専門家だったそうで。口答えしない所を気に入られ、様々な知識を叩き込まれたそうです」
「口答え、ね」
悪い冗談だ、と呆れつつ、アーリャの通訳による彼の身の上話は、思わず肩入れしたくなるような心境にさせた。そういう情にほだされ易いのが自分の欠点だと分かっているものの、何とかしてやりたいという気持ちはどうにも誤魔化せない。
そして、レオニードはおもむろに手話を始めた。
「うん……はい。そういう訳で、薬の仕事なら何でも出来るから働かせて欲しい、と言っています。いや、私達はその手の犯罪者じゃありませんよ。あれはたまたま通りかかっただけです。ええ、そうです。単なる観光客です」
レオニードは、どうやら俺達をあの連中と同類と思っていたらしい。心外な評価と思ったが、アーリャのあの所行を目の当たりにしては無理からぬ事だろう。
それから幾つか話を聞いてみたが、後は似たり寄ったりの内容だった。レオニードは幼少からいわゆる裏社会で都合良く働かされ、その割に年相応の子供っぽさが残っている。あまり自分のして来た事の本質が分かっていないようだった。そうなったのも、彼の生い立ちと付き合った人種が原因であるため、これもまた無理からぬ事だ。
そうしていると、ニーナがお茶の準備を終えて台所から戻って来た。
「はい、どうぞ。冷めない内に」
ニーナが並べるお茶を手に取り、ゆっくりと口に含む。あの一件以来、どうにもお茶を飲む事には慎重になりがちだった。憶えているお茶の味とは違う事を確かめられても、次は体に異常が出ないか気になってならない。
レオニードは、やはりあのお茶の事も知っているのだろうか。知っているなら、逆に俺のように過剰に心配したりはしないのかも知れない。
「それで、これからどうするのか決まったの? イリーナとシードルの事もそうだけど。やっぱりまだ、先に犯罪組織を潰して回るつもり?」
「順番的にはそうなのかも知れないが……」
結局はアーリャの都合に振り回されるため、基本的に俺は最悪の状況にならないように見張る、単なる抑えでしかない。しかし、ただただアーリャに振り回されるだけでなく具体的な目標を持っておかなければ、本当に振り回されるだけで終わってしまう。ここは一度それについて協議し決めておかなければいけないだろう。
すると、まるでこちらの考えを読んでいたとしか思えないようなタイミングで、アーリャが調子良く話し始めた。
「実は、いい考えがあるんですよ。三人が独立して幸せになれる、とても良い方法が」
嫌な予感がする。それは、思わず顔を見合わせたニーナも同じ事を思ったようだ。
基本的に、アーリャの目的そのものには異論は無い。問題はそれを実現させるまでの過程、手段だ。何かにつけて実力行使、力ずくで無理を通そうとするため、穏便に済む方が珍しいのだ。
「それは後で聞いておくとして。一応確認しておくが、俺達がこの国に来ている理由は分かってるよな?」
「三日も休んだら、もう退屈でしょう? たまには良い事をするのも楽しいものですよ。人の為になるなら尚更です」
分かっているが、優先順位が異なる。そういう事なのだろう。
何故これほど豊富な知識を持っていながら、こうも人と価値観が合わせられないのか。もしかするとそれは、欠点に見えて、ある種の安全装置なのかも知れない。普通の神経をしていたら、滅私の精神で世直しを続けるなどとても出来たものではないのだ。