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 夜討ちをかける。アーリャと話し合った末に得られた最大限の譲歩がそれだった。これは正しい事なのだから昼間に正々堂々と仕掛けるべきだと主張するアーリャに対し、夜襲によるメリットを懇々と説明して受け入れさせたのである。夜襲の場合、相手が油断している事やこちらの顔が割れ難い事、そして何よりも連中が行う違法な取引の現場に当たりやすい。それらをアーリャに納得させたのだ。勿論、全て明確な根拠もなければ方便にすらなっていない詭弁である。だが、知識はあっても経験の薄いアーリャには合点のいく内容だったのだ。
 夜中になるのを待ち、俺達はそっと別荘を抜け出した。イリーナやシードルはともかく、ニーナは見送りも何も無しに寝てしまっていて、いささか留守が不安ではあった。そのため、さっさと終わらせて帰ろうという気持ちが強かった。
 繁華街まで来ると、そこは昼間ほどではないものの、未だあちこちに灯りが焚かれ幾人もの人が行き交っていた。流石にリゾート地だけあってか、宵っ張りで遊ぶ人も珍しくないのだろう。人が多ければ紛れ込み易くなって目立たなくなるため、それそのものは歓迎すべき状況である。俺達は、単に飲みにきたとでも言わんばかりの体で、なるべく自然体を心掛けながら繁華街を進んでいった。
 目的地となるあの飲食店の周辺は、盛り場からやや外れているためか、人通りが一旦途切れて物静かな雰囲気となっていた。商売柄を考えて、そういう配慮を兼ねた立地なのだろう。
 俺達はひとまず様子を窺うべく、近くをゆっくりと通り過ぎてみる。すると、まさに丁度路地を横切ろうとした瞬間、店の出入り口が開いて数名の人影がぞろぞろと続いて現れた。こちらに気付かれたかと慌てて通り過ぎ、そのまま足早に離れようとする。付近には隠れられそうな物陰は無く、本当にただただ白々しく立ち去る他無い状況である。アーリャもただ素直について来るとは限らない、このまま済し崩しにやり合う危険性もある。そんな覚悟をしていると、あの男達は横切った路地から通りに出るや、そのまま反対方向へと去っていってしまった。
「見つかった訳じゃないのか」
 振り返りながら、俺は安堵の溜め息をついた。流石に、街中で無関係な人達に迷惑をかけながら派手な行動をするのは、相当な躊躇いがある。
「レナート、彼らの後を追いましょう。何やら良くないものを感じますから」
 そう言ってアーリャは、こちらの返事も待たず俄かに駆け出した。
「おい、待てよ!」
 慌ててアーリャの後を追って、俺も同様に駆ける。アーリャの走るフォームは異様なほど整っていて、一切無駄のない動きから生まれる力がぐいぐいと体を前に引っ張っているように感じた。走法についても知識があり、それがこの速さを生み出しているのだろう。
 昼間よりも人通りが少ないため、大通りなら走り抜けるスペースは十分にあった。行き交う人々もほとんどが酒に酔っているため、通りを駆けていく俺達にあまり興味を持たない。おそらく朝には忘れてしまっているだろう。
 それにしても、あの連中は一体何処へ行くつもりなのだろうか。ひとまず、この繁華街は抜けるようではあるのだが。
 そんな事を思っていると、突然俺の先を走っていたアーリャが足を止めてその場にへたり込んでしまった。
「ごめ……い。少し……休んでから」
 ぜいぜいと激しく息を切らせ、途切れ途切れの言葉を返すアーリャ。顔は汗だくだが、色はやや青ざめている。そこで俺は、最近はすっかり忘れていたアーリャの弱点を思い出した。アーリャは、驚くほどに体力に乏しいのだ。
「それはいいが、連中の行き先が分からなくなったぞ」
「問題……です。記し……たので。それに、ここ……先ま」
 途切れ途切れで聞き取りにくいが、何となくアーリャが連中に何か魔法的なマーキングを施し先回りしているという意味までは分かった。だから、例え見失っても問題は無いのだろう。
 俺はアーリャを道の端に座らせ、近くの店で水を貰った。酔っ払いを介抱していると思われているようで、特に詮索もされないのは助かった。だが、自分は至って真剣であるにもかかわらずこの緊張感の無さには、いささか情けなさを覚える。
「はあ……少し落ち着きました。では、行きましょう」
 しばし休んだ後、アーリャは少しぐらつきながら立ち上がった。
「大丈夫なのか?」
「もちろん。回復力を高める薬草を煎じて飲んでいますから」
「どうだかな……。で、連中の居場所は分かるのか?」
「ええ、そこの角を曲がった通りのすぐ目の前。貸倉庫があるんですけれど、間もなくそこへ入っていきますよ」
 そこまで正確に分かるとは、流石に魔法だけは大したものである。これなら充分に間に合うだろう。
「よし、じゃあ様子を見に行こう」
「いえ、潰しに行くのでしょう?」
「それは、俺が判断する」
 やはり、どれだけ魔法に精通した達人でも、この性格、考え方が全て台無しにしている。
 まるで大量の火薬と火種を持ち歩いているような心境で、俺はアーリャの言う方へと向かった。