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 夜も更けて来ると、流石に外の喧騒もいつの間にか収まり、何処の国とも同じ静かな夜が訪れた。イリーナとシードルは先に二階の部屋で休ませ、俺達は居間に集まりテーブルを囲んだ。ブランデーのボトルと、グラスが三つ。そして夕食の残りが少し、肴として並んでいる。単なる夜更かしのような光景だったが、俺達は至って真剣である。今後の事、特にイリーナとシードルをどうするか、それを決めるための話し合いだ。
「とりあえず、無難な選択だけど。孤児院に預けるのはどう?」
「少なくとも、この国の孤児院は避けるべきだな。子供がこう売られてる現状を考えれば、何かしら法的人的両方に欠陥があるだろう」
「そこからまた売りに出されちゃ、意味がないわね」
「だから他の国、特に社会福祉の充実した国へ連れて行ってだな」
「それも無理ね。そういった国は、まず支援を受けるための条件が色々厳しいのよ。第一、どうやって入国させるつもり? 密入国じゃ論外だし、正当な手続きを取ったにしても支援を受ける条件を満たす前に、大人になっちゃうわよ」
「うーん、やっぱり正攻法は難しいのか」
 俺はグラスを傾けながら一声唸る。身寄りの無い二人が生活するには、やはり社会的な支援は不可欠なのだ。だが、その出自から正式な支援を受けるのは非常に困難である。この国における二人の身元保証すらも困難なのだ。
「何処か、宗教団体の下部組織なんかを当たるのはどうだ? よく布教目的で、独自の社会福祉活動なんかやってるだろ。炊き出しだとか、仕事の斡旋だとか。ああいう中には、孤児の保護をやってる所もあるんじゃないか?」
「ああ、それは無理。さっきの孤児院なんかより、もっと無理。あんたさ、ああいうのって本当に善意でやってると思ってる? 時々問題になってるじゃない。団体幹部なんかが、そういう立場の弱い子供を奴隷扱いしたり慰み物にしたりする件。あれ、本当だから。一回仕事でそういうの見て、胸糞悪い思いしたのよ。いや、全部が全部腐ってるとは言わないけど、完全な善意で孤児の支援やってる所を見つけるなんて、相当可能性低いわよ」
「なるほどね……そりゃ、神様達も人間滅ぼしたくなるか」
 アーリャの方へ視線を向けると、今の話をアーリャも知っているようで、その通りだと大きく頷いた。
「信仰の形は全て神族の意図に沿うように、とまでは要求しませんけど。流石に昨今はあまりに酷いですからね。私個人としては、そういう連中は根刮ぎ滅ぼし、新たに清く正しい形に再編成したい所です」
 その言葉は本心であり、しかも具体的なプランまで立てているだろう。アーリャにとって信仰心などというものは何の評価基準にもなってはおらず、善意があるかどうか、そこだけが重視される。元々、神々に滅ぼされぬよう善人だけの世の中に変えていこうと、本気で考えた神が作った分身なのだ。善人以外に容赦があるはずがない。
「話はずれたけど、とにかくそういう事だから。他のアプローチを考えないと」
「となると……後は、逆に支援を受けないケースしかないだろうな」
「自活させるって事? あの年で? コネも何も無い子なのよ?」
「それは分かってる。ただ、その方向で案を練った方がまだ現実的じゃないかって事だ」
「そりゃ、それが出来るなら初めから苦労はないけれど」
「だから、それが出来るように、俺達がサポートするって事さ」
 俺の言い放った言葉に、途端にニーナが息を飲んで表情が消えていくのが分かった。何故そんな反応をするのか、俺にもその理由は良く分かる。自分達にはそこまで骨を折ってやる義理はない、そう言いたいのだ。
「いや、別にお前まで強要するつもりはないさ。勘違いするなよ」
「何言ってるの? 別にそんなこと、言ってないわよ。ただ、ちょっと呆れただけ。何を好き好んで、そんな面倒な事に首を突っ込むんだって。お人好しにも程があるわ」
「そこが、レナートの良いところですよ」
 呆れの溜め息をつくニーナに対し、アーリャはニコニコしながら深く頷く。
 確かに、我ながら人が良すぎるとは思う。けれど、自分のそういう性格は以前から重々承知の上だし、そのせいで貧乏籤を引いてしまった事も一度や二度ではない。それでも俺は、自分が正しいと思った事をするつもりである。これはアーリャの言っている事とは関係なしに、自分の心情の問題なのだ。自分の行動に誇りがなければ、こんな割の合わない稼業は元からやっていない。
「何にせよ、やるならやるでちゃんとやりましょう。あんた達は今一つ計画性というものが欠けてるからね」
「そこまで酷くはないと思うぞ。俺は単に、いつもアーリャに振り回されてるだけだ」
「私は強制までしたことはありませんよ。単に、レナートの良心に訴えているだけですから」
 そういうやり口の強要だ。などと反論したくなったが、あまりにバカバカしい内容になってきたと思ったため、俺はさっさと中断してしまい新たにブランデーを口にした。