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日が暮れ始めた頃、俺達は夕食の準備に取りかかった。とは言っても、俺とニーナは買い出しだけで、実際の調理はアーリャが担当する。例の如く、アーリャは料理の知識もあるため、レシピも豊富だからだ。
俺とニーナは、居間でイリーナとシードルに話を聞く事にした。まずは二人の身の上から知っておきたいからだ。
「あの、私達の事を話せば良いのでしょうか?」
「ああ。別に、そんな堅苦しい事じゃないから、楽にしてくれていい」
「そ、そうですか……」
最初の時よりは幾分距離感は縮まって来た気もするが、やはり未だ余所余所しさは否めない。二人とは年もそこそこ離れている以上、やはり完全に打ち解けるにはある程度の時間も必要だろう。
「私達は、この国のもっと山間の方にある農村で育ちました。こんな都会とは違って、本当に食べていくのがやっとの小さな貧しい村です。兄弟は八人います。私は十三歳、弟は十歳。私達は、一番末に当たります。その、ここに来た詳しい経緯は良く分かりません。ある日突然、家にやってきた馬車に乗るよう言われ、それで知らない内に連れて来られてしまって」
つまり、一番労働力にならなさそうなため、口減らしとして売られたという事だろう。それに表情から察するに、二人ともその事についての大方察しはついているようである。家庭から追放されたという事実が、二人をより不安にさせているのだ。
これで、尚更二人をあの男の元へ返す訳にはいかないと俺は思った。そんな事をした所で、また別の顧客に売られるだけである。二人の境遇を変えるには、俺自身で何かをしてやらなければいけない。俺は普段から割に合わない仕事ばかり受けているし、これはそもそも金にすらならないのだが、やはり放っておく事は出来ない。
「あなた達、お父さん達の所へ帰りたい? 帰りたかったら、私達が何とかしてあげるわよ」
「その……良く分かりません。帰った所で私達の居場所はありませんし、村にはあの馬車の人達もいますから、すぐにばれてしまいます。お父さん達もきっと、かえって迷惑するでしょうから」
今にも消え入りそうな弱々しい声。自分の運命を受け入れているというより、余計な期待は持たないという諦めの心境に感じる。
普通なら、家族は一緒であるべきだとか、普遍的な一般論を口にする。けれど二人に対して親子愛を語るには、口減らしのために売られたという事実があまりに大きく重過ぎる。
姉は非常に察しが良く、物分かりもいい。それだけに、自分の立場を客観的に見られるから、哀れでもある。そして、弟の方はどこまで今と先が見えているのか。そもそも、見ようとすらしていないのではないか。そう歯噛みする。
「じゃあ、ひとまずは此処にしばらく居ればいいわ。私達もどうせ、当分の間は此処でゆっくりしてるつもりだから」
「は、はい……」
遠慮がちな返答だったが、ニーナは努めて気負わせないように笑顔を続ける。
とりあえずは、当面そうするしかないだろう。その間に、二人の身の振り方を決めるとする。パッとは名案は浮かんでは来ないが、別段厳しく期限が迫っている事でもないのだ、ゆっくりと考えればいずれ良い考えが浮かぶはずだ。
「さあ、準備が出来ましたよ。皆さん、こちらに」
食堂の方からアーリャがぬっと顔を出し、移動を促して来る。ふと気付けば、何やら食欲をそそる香ばしい香りがここまで漂ってきていた。早速食堂の方へ移動すると、ダイニングテーブルには実に美味そうな料理が幾つも並んでいた。見覚えのあるもの無いもの様々だが、いずれもすぐにでも口にしたくなる魅力に溢れている。
それぞれ適当な席へと着き、夕食を始める。アーリャの作った料理はどれも見た目通りに美味く、気が付けばあれこれと次々口へ運んでいた。思い返せば、今までアーリャに食事の準備をさせた事はあったが、こういったちゃんとした設備の所では初めてである。落ち着いた所で作るとこれほどの物が出来るのかと、俺は改めてアーリャの技量に感心する。
「お前、こんなに上手かったんだな。正直、驚いたよ」
「レシピ通りに作っただけですよ。レシピがちゃんとしていれば、美味しい料理が必ず出来ますから」
「どこかで勉強したのか?」
「レシピなら、元々頭に入ってます」
そうだ、こいつは知識の神の分身だった。単なる知識なら、本当に何でも頭の中にあるのだろう。
イリーナとシードルは、初めは恐る恐る食事に手を付けていたが、程なく目の色を変えて夢中になって食べ始めた。得体の知れない者が出した食事に警戒しているのかと思ったが、単に料理そのものが珍しかったように見える。もしかすると、生まれてからずっと満足な食事も出来なくて、こういった物は本当に生まれて初めて目にしたのかも知れない。
「料理はまだありますからね。足りなかったら、遠慮せずに言って下さい」
アーリャはニコニコしながら夢中で食べている二人を見ている。こうして端から見ている分には極普通の気のいい青年といった所なのだが、こうして子供を気にかけるのと同時に、どうやって犯罪組織を根刮ぎ壊滅させようかと考えているのがアーリャだ。アーリャにとって、料理を作るのも悪党をくびり殺すのも全く同等であって、それは日常で当たり前のように行われるものだと考えているのだ。しかし、その話を二人の前ではしない分、前よりかは成長したように思う。それが本来なら異常な事だという自覚に目覚めてくれたのだろう。