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居間のソファーに並んで座る二人の子供。その心細そうな表情は、俺達をまるで悪人のように思わせる。
あまりに突然の事と、大方の悪い予想はつく状況だけに、二人をどう扱って良いのかまるで分からなかった。とっくに酔いは覚めてしまったが、頭の中は未だに平素の状態を取り戻せていない。
「私はアーリャと言います。君達の名前は何ですか?」
アーリャは普段のようなのんびりした口調で二人に話し掛ける。今回の場合なら、アーリャのような話し方は警戒を持たれ難いだろう。
「わ、私はイリーナと申します。それで、こっちは弟のシードルです」
おどおどとしながらも、意外としっかりした挨拶をする。二人の内、年長の方が姉、そしてもう一人は弟のようである。姉はしきりにこちらを見たり視線をそらしたりを繰り返し、弟は終始俯いたままだ。
彼女らを見ていて、その怯えに対する対象は俺達がどんな人間か分からない点にあるように感じた。二人の生殺与奪は俺達の胸三寸であると思っているから、とにかく機嫌を損ねたくない。かと言って、酷い目にも遭いたくない。そういった感情がごちゃ混ぜになっているといった所だろう。
これが、この辺境に人々が集まる理由か。そう思ったが、これくらいのものは他の国々でも時折見かけるものだ。おそらく、これだけが理由ではなく、違法性の高いものが他にももっと当たり前のように流通しているのかも知れない。
「そう緊張しなくてもいいですよ。さあ、飴でもどうですか?」
二人の様子を知ってか知らずか、アーリャはニコニコと飴を勧める。恐る恐るそれを手に取り口に含むものの、やはりそれだけでは安堵の表情を浮かべたりはしなかった。
取り敢えず、アーリャが一番子供達には警戒心を持たれないだろうから、しばらくは任せておこうか。そう思っていると、ニーナが他に聞こえないようそっと耳打ちしてくる。
「あの子達には悪いけど、取り敢えず返した方がいいんじゃないの? 私、奴隷遊びの趣味なんてないわよ。それに、本当にこの国なら厄介事にならないって保証もあるとは思えないし」
「いや、一応厄介事になるんだろ。違法って認識はあるから、ああやってこっそり売りに出していたんだろうし」
それを何の偶然か、アーリャが秘密のサインか合図かを出してしまい、あれよあれよと流れに流されこういった事になってしまったのだ。
「だったら、尚更あの子達をここに置いておく理由はないじゃない」
「そうは言うがな。連中には訝しがられないか? 俺達はこれが目的で契約したんだと思ってるだろうし。それに、仮に返した所であの子達の処遇はあまり愉快な想像にはならないと思うぞ」
「それは分かってるけど……」
やはり厄介事には出来るだけ関わり合いたくない、そんなニーナの心境は良く理解出来る。そもそもここには、ほとぼりが冷めるのを待ちに来ているのだから、厄介事に関わっている場合ではないのだ。
何となく、ニーナが昔の俺と似た考え方をしているように感じた。いやむしろ、今の俺が厄介事に関わろうとするようになってしまったのか。それでニーナが俺から離れていったと思っていたが、どうにもそれは違っているようである。自分の事であるはずなのに、自分の事を考えれば考えるほど、何だか物事の順序や整合性が分からなくなってくる。蘇生による記憶障害とは、やはり時として深刻な影響を及ぼすものだ。
「では、二人の部屋を決めましょう。この家は、部屋が沢山ありますから」
そう言って、アーリャは二人を二階へと連れて行こうとする。
「アーリャ、ちょっと話があるから待ってくれ」
「どうかしました?」
「いや、大事な話なんだが……」
「じゃあ、部屋は私が案内するわ」
こちらを察してくれたニーナが、二人を二階へと連れて行く。それをアーリャは不思議そうに見送った。
「なあ、アーリャ。あの二人なんだが……」
「ええ、分かってますよ。知らなかったとは言っても、我々はあの二人を買ってしまった事になるんですよね」
意外なその返答に、俺は驚きの声を漏らした。
「私だって、それくらいの事情は察せますよ。それにしても、偶然って怖いものですね。まさか、ああいう窓口と繋がっちゃうなんて」
「……それよりもだ。あの二人なんだが、お前はどうするべきだと思う?」
「レナートは決められなかったんですか? 返すか返さないか、それだけでも選択肢は大分ありますけど」
「決めたところで、どうせお前は自分の気に入るようにしかやらないだろ。だから、互いの意見を先に摺り合わせておこうって話だ」
そうしなければ、土壇場になってごねられたり、意志の疎通が図れなくなって事態が混乱する。過去の経験則から来る判断だ。
「それでしたら、結論はもう決まってますよ」
「何だ?」
「あの二人だけを買い上げた所で、根本的には何も解決しません。ですから、こういった売買を行う組織、それらを全て潰しましょう」
笑顔でさらりと答えるアーリャ。何も知らない者ならいざ知らず、俺のようにアーリャの本性を知っている者にとっては冷たい汗の吹き出るような心境にさせられる笑顔だ。
「要するに、悪徳業者は元締め組織まで根刮ぎ潰すと、そういう事だな?」
「それが、正しい人の世のためですからね」
こういう所だけは変わらないままだったか。
俺はアーリャの言に、脱力感よりもむしろ安堵を感じていた。蘇生以来、どこかアーリャが別人のように感じる事があったのだが、この言と考え方は間違いなく俺の知るアーリャに違いないのだ。