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 港に比べ、その町は思っていたよりも大きく栄えていた。四階以上の高い建物が幾つも並び、通りは綺麗に石畳が敷かれている。行き交う人の数も、すれ違う時にぶつからないくらいには多く、昼間からかなりの賑わいを見せている。思わぬ盛況ぶりに、俺はいささか驚きを隠せなかった。
「なんだ、意外と栄えてるじゃないか」
「ホント。しかも、地元民ばかりって訳でもなさそうね。かと言って、個人で船を持つような金持ちにも見えないけど。みんな、あの船に乗ってわざわざ来たのかしら?」
「そうやってでも来ざるを得ない、何か名物でもあるのかも知れないな」
「何があるのか、知りたいですねえ。私は記憶が曖昧ですから、こういう事ってすぐ気になるんですよ」
 人の数の多さに戸惑いつつも、当面身を隠したい俺達にとってこれはむしろ好都合である。それに、これだけ人が集まって来る国であるなら、外国人向けの賃貸もさほど苦労は無いに違いない。そう考えた俺達は、適当な不動産屋関連を当たる事にするが、そのまえに食事を取る事にした。
 流石に観光客が多いだけあってか、飲食店は目移りするほど数多く建ち並んでいる。そして、そのどれもが地元の名産品やブランドを売り文句にしていて、味以外のこだわりを積極的に宣伝している。一過性の観光ラッシュでは、こうはいかないだろう。やはり、この国には何か常時人を呼び寄せるものがあるのだ。
 取りあえず落ち着きたかった俺は、比較的空いていた表通りから路地に入ってすぐという立地の店に入った。日中だと言うのにやや薄暗い店ではあったが、店内は内装もそれなりに凝った綺麗なもので、店員の態度も愛想が良かった。メニューから適当に注文し、程なく出て来たそれを黙々と平らげる。可もなく不可もなくといったものだったが、普段からまともな食事もしていない俺には充分な内容である。腹も膨れたが、店内には他に客もおらず、少し長居して休む事にした。
「やっぱり、立地なのかしらね。ここは」
 ニーナがぽつりとそんな事を呟いた。
「だろうな。一年後の存続は、半分は立地で決まるらしい」
「努力が報われないというのは、何にしても悲しい事ですね。やはり、謹厳実直な人ほど幸運が巡って来てしかるべきです」
 そう断言するアーリャのそれは、言葉自体はごくありふれた一般論である。けれど、これまでのアーリャの言論は、悪人はすべからく罰を受けて死ぬべきだ、という過激なものが印象に強い。行動指標が、如何にして悪人を殺せるかに偏っていて、今のような個々の努力がどうとか、そんな言葉はほとんど聞いたことが無い気がする。アーリャは記憶以外は元に戻ったと思っていたが、やはりどこか性格や考え方が変わっているように思う。あの蘇生の副作用なのか意図的なものかは分からないが、過去の俺もアーリャに同じものを受けていたという以上、この変質も決して他人事ではないのだ。
「そうそう、住むところの件だけど。せっかくだから、お店の人に何か心当たりはないか訊いてみたらどう? お店やってるなら、大体地元の人でしょ」
「ああ、それはいいかも知れないな」
「じゃあ、私が訊いてみますね。すみませーん、住居の事を聞きたいのですが」
 いきなり本題で店員を呼ぼうとするアーリャに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。幼いというか、会話のやり取りをよく分かっていないというか。あの神とやらが作った以上、様々な知識は持っていても、人間同士の経験則から得られるような知識は欠けているのだ。
「えっ……今、何と?」
 さほど離れてもいない場所にいた店員は、アーリャの呼び掛けに酷く驚いた顔をして問い直した。何かと聞き違えたのだろうかと思ったが、それにしてもいささか大袈裟ではないだろうか。そういった気性の男なのかも知れない。
「住居について教えて欲しいのです。住むところですよ」
「それは、何日くらいの事ですか……?」
「うーん、取りあえず半年くらいでしょうか? レナート」
「まあ、それくらいの期間だな」
「な、なるほど……では、上の者に確認をして来ますので、少々お待ち下さい」
 そう言って店員はあたふたと奥へと引っ込んでしまった。
 妙な態度である。しかも、上の者に相談とはどういう事だろうか。不動産屋を兼業しているような店構えでは無かったと思うのだが。
 視線をニーナへ向けると、やはり何かおかしいと感づいたらしく、無言のまま視線を店の奥へ向けて頷く。このまま黙って店を出る事も考えたが、こちらの顔を見られている以上、下手に逃げた事が原因で後々の災禍にもなりかねない。やはり、状況をはっきりと確認した上で判断しなければならないだろう。
「二人とも、どうかしましたか?」
 すると、アーリャは相変わらずののんびりした口調でそう話し掛けて来た。
「お前、今の何かおかしいと思わなかったか?」
「おかしいかどうかはともかく、人を疑ってばかりでは建設的ではありませんよ。まず、人を信じる事です。そういう真摯な気持ちには、必ず相手も応えてくれるはずです」
 どうやら、一応違和感に気付いているようだが、それについて具体的に何かを自発的にするつもりは無いようである。以前のアーリャならもっと物騒な事を口にしていただろうが、この辺りは今の方がずっと穏やかでマシだと言える。