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そこは、どの国の地図上でも隅の方に位置している、いわゆる僻地と呼ばれるような国だった。今までは、受ける仕事の関係上、ある程度の都会ばかりを転々として来ていたが、こういった過疎地域へやってきたのは初めての事である。
そんな所へ来た理由も不本意なものだ。ドミニカとの一件で俺達も関係者として近隣諸国を手配されてしまったため、当分の間は目立った動きが取れなくなってしまったのである。ドミニカと違って容疑をかけられている訳ではないが、捕まってはろくな事にならないため、息を潜めざるを得ないのだ。
最低限の機能しか備わっていない港へ降りると、まずは体を軽くほぐす事から始める。かれこれ船には一週間近く乗り継いでいたため、体の鈍りも相当なものになっている。体は常に動かしていなければすぐに衰えるため、この数日は欲求不満に似た不安感ばかりが募っている。
「随分と遠くまで来ましたね。うーん、なかなか気分が良い所です」
「呑気よね、あんたは。自分の立場が分かってるのかしら」
「記憶喪失らしいので、とんと」
そう話す、アーリャとニーナ。どちらも俺と同様に顔と名前を手配されているため、一緒にここまでやってきたのだ。特にアーリャは、あの騒ぎの中で何者かに殺害されているので、捕まった場合は特に厄介な事になりかねない。本人の記憶も曖昧なままになっている事もあり、面倒さはひとしおだろう。
ドミニカは、途中で別な目的地へ別れている。俺達と違ってドミニカは争乱罪の容疑がかけられているため、表立って歩く事すら困難な身の上である。今頃は、どこか法的に捕まり難い国で再起を図っているのだろう。こちらはアーリャ以上に厄介な身の上で、出来れば今後とも付き合いを持ちたくない。謝礼をたっぷりとくれた相手を悪く言うのも気が引けるが、ああいった大金と行動力のある夢想家は、自分だけでなく周囲をもトラブルに巻き込んでいくのだ。
そういった複雑な背景ではあるが、とにかく当分の間ここでおとなしくしておけば、やがて手配も失効し大衆からも騒動の記憶は薄れていく。目立った仕事が出来ないのは悔しい限りだが、身の安全が第一である。この遅れは、後々に挽回すればいいのだ。
「それで、ここからどうする? 取りあえず、拠点になる所を確保しないといけないと思うけど」
「そうだな。外国人向けの保養地でもあればいいんだが。そこなら月単位で貸し出してる家もあるだろうし。流石に、宿に長居するのは目立つからな」
「まあそうだけど。住む所については、あんまり期待は出来なさそうね。この感じだと」
ニーナは港の周囲を見渡し、疲れのこもった溜め息をついて見せる。俺達が乗ってきた定期船は如何にも下取りに出されていた物のような古びた様相で、乗船している客よりも貨物の方が遥かに多い。港も古い倉庫ばかりが建ち並んでおり、観光客を意識した設備も見当たらない。これがこの国のあらましといった所だろう。
「それにしても、本当に何も無さそうな所ね。大丈夫かしら?」
「別に観光に来た訳でもなし、構わないだろ」
「田舎の方が、かえって目立つ事もあるのよ。人が少ない分、顔見知りが多いって事なんだから。余所者はかえって目立つのよ。あんた、もしかして都会育ちでしょう?」
「そんなでもないさ」
そう軽く流すように答えてはみたものの、自分の生まれや育ちの記憶になるといささか曖昧である。これは、俺が一度殺されてアーリャに蘇生されたのが原因だ。生前の記憶までは完全には戻らず、それを勝手な想像で補完したせいで、ニーナとの認識にも相違がある。
「では、早速どこか住む場所を探しましょうか。向こうの方がきっと良縁があるはずです」
アーリャは勝手な方を指差しながら、そんな提案をして来る。
「良縁って簡単に言うがな。何か根拠でもあるのか?」
「私達は、世の中を良くするために働いているのですから。善なる者は良縁に恵まれて当然なのですよ」
「よくもまあ、そう言い切れるものだ」
「信じる者は救われるってヤツでしょ。私の信義には合わないけどね」
半ば呆れつつも、いつものアーリャだと内心ホッとしている所もあった。生き返ったアーリャはあのアーリャとは別人だと言ってはいたが、記憶が無い以外は全くと言っていいほど本人そのままだ。きっと、俺とあの神とでは、同一人物とする基準が異なるのだろう。
特に当てのある訳でも無い俺達は、港にあった地図と船員達に道と町の位置を確認した上で、アーリャの言った方向へ向かい始めた。馬車などの交通手段は無いものの、歩いても半日も掛からない距離に町がある。何故港とここまで離れているのかと疑問に思ったが、それには何か歴史的な経緯かやむにやまれぬ理由があるのだろう。あんなに迷惑していたアーリャと、今の今までずるずると付き合いを続けている俺と同じようなものだ。