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 これ以上あれこれ考えていても埒が明かない。俺は一旦アーリャの死因について考えるのを止めると、とにかくこの場を離れる事にした。アーリャがこうなった以上、アーリャの連れとして知られる自分も非常に立場が危ういのだ。
「しかし……これはやるしかないか」
 場を後にしようとし、そこで一旦足が止まった。このままアーリャの遺体を残していく事が、あまりに気が咎めるからである。
 だが、人一人を単独で運ぶのは非常に難しく手間がかかる事だ。その上、運んでいる姿はあまりに目立ちすぎる。少しでも早くこの場から去りたいのに、これはあまりに大きな荷物である。
 合理的に考え、ここへ置いていくか。
 後から後悔の無いよう、無理にでも運ぶか。
 しばし考えた後、俺は腹を決めて大きく決断し、アーリャを担いでいく事にした。
 自ら動く事の出来ないアーリャを、四苦八苦しながら自分に背負わさせる。周りに火が残っているせいか、アーリャの体は僅かに温かく、手足も固まっていなかった。死後硬直が始まっていないのは幸いである。体が折り曲がらなければ、背負って行く事も出来なくなるからだ。
 アーリャの体をしっかりと支え、俺は街の外を目指して駆け出す。死体を背負うのはあまり気分は良くなかったが、姿勢が変えられるおかげか、さほど走り難さも感じなかった。街の端へ近付くに連れて、周囲をうろつく人影が徐々に増えていく。人を背負って走る俺の姿はかなり目立つが、焼け跡から立ち込める煙がうまくその姿を眩ませてくれ、彼らに見付かる事はなかった。
 そして俺は、何度か際どい場面には遭ったものの、どうにか街の外へ出る事に成功する。だが、ここで一休みという訳にはいかない。すぐさま次の行動へ移る。とにかく街道を見つけ、それ沿いにどこかの町へ移動しなければならない。
 山道へ入り、念入りに周囲に警戒をしながら山の奥へと入って行く。山を一つ越えた辺りが丁度盆地になっていて、そこは幾つかの街道が合流している。小さな宿街もあって不特定多数の人間が日常的に出入りしている事から、休息するには都合が良いのだ。
 小さく薄暗い山道を進みながら、少しは落ち着きを取り戻してきたからだろうか、今の自分が置かれている状況に目が向き始めた。ここまで、状況に対してずっと受け身だったため、いろいろと租借しきれていない情報が多く溜まっている。
 先程の様子からすると、彼らの武力蜂起はひとまずは成功しただろう。ただ、実際に領主を捕まえられたかどうかまでは不明だ。ただ、領主だけが目的だったはずなのに、ほとんど暴動のレベルにまでエスカレートしている。どこまでがドミニカの指示かは分からないが、何となくドミニカにも抑えが利かないような状況には見受けられた。
 そして何よりも異常で不可解なのは、アーリャの事である。アーリャはおそらく待ち伏せていた憲兵達とやり合ったのだろうが、どういう訳か背中から刺されて死んでいた。仲間割れと睨んではいるものの、農民達にはアーリャを殺すメリットが見当たらない。かと言って、敵に易々と背中を取られるアーリャではない。本当に不可解な状況なのだ。
 しばらくして、山中を流れる小川に辿り着いた。これまであまり気にはしていなかったが、川を見た途端に喉の乾きを覚え始める。水場でのんびりするのは目立って危険ではあるが、体も大分疲労している。効率も考慮し、少しばかり休憩を取る事にする。
 アーリャの体を側の木の根元に下ろし、川辺に腰を下ろして水を掬う。冷たい水を何度か飲み、汗と煤にまみれた顔を洗う。それだけで、まるで生き返るような気分だった。
 喧騒から解放され、冷たい水で人心地付き、落ち着きを取り戻していくに連れて思考力もみるみる平素に戻っていく。昨日からの一連の出来事、そして今日のつい先程まであった出来事、それらを思うほどに自分がどれだけ難しい状況に陥っているのか改めて思い知らされる。中でも特にショックを受けたのは、アーリャの突然の死だろう。仲間だと思っていた連中に不意打ちされ、抵抗も出来ないまま死んでいった。アーリャの人と形は他人よりは知っているため、尚更その無念さが容易に想像出来る。
 取り敢えず逃げてきたが、一体これからどうすれば良いのだろうか。
 普段のように何か喋れ、と言わんばかりに、動かないアーリャの頬に触れてみる。それは未だほんのり温かく、俺は驚いた。一瞬、本当はまだ生きているのではと思ったが、すぐに冷たい川の水で手が冷えて錯覚しただけに気が付く。どうやら俺は、アーリャの死をどうしても受け入れたくないようだ。そしてそれは、ただ単にあまりに突然過ぎるからというだけでなく、アーリャとなし崩し的に同道していた事が楽しかったのだろう。それで、これからどうすればいいのだろうか。一人で旅をしていた頃は、次の目的地などそれほど悩まなかったのに。まさか今の俺は、そんな所までアーリャに依存していたのだろうか。否定はしたかったが、何一つ具体的な予定の考えも出す事は出来なかった。それほどまでに、今の俺は茫然自失している。
「……ん?」
 その時だった。突然近くの茂みからガサガサと葉を擦る音が聞こえ、俺はぼんやりとしたまま辺りを見回し耳を澄ます。程なく、背筋に冷たいものが走ったかのように、全身が一気に緊張する。それは明らかな人の気配だったからだ。
 まさか、こんなに近づかれるまで気付かないなんて。
 俺は動揺している頭を切り替え、音と気配のする方へと身構える。