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 アーリャの現在地は分からないが、火の広がり方や死体の向きと数を見れば、おおよその見当はつける事が出来た。火は内から街の外へと広がっている。それを逆に辿っていけば、アーリャ達の居場所に近づけるのだ。
 辿るに連れて、次第に周囲の火の勢いは弱まっていく。煤けた焼け跡が目立つようになり、煙による視界の狭さも晴れて来た。火が回ってから時間が経っている地帯へ入りつつあるのだ。
 それにしても、見れば見るほど反吐が出そうなほどの凄惨な光景である。抑圧された農民達が、これをきっかけに一気にフラストレーションを爆発させたのか、集団心理による罪悪感の欠落か。何にせよ、無関係で無抵抗な市民に手をかけるなど、到底同じ人間のやる所行とは思えない。彼らが領主らに政策で抑圧されたという身上には同情していたが、この光景の前にはもはや怒りと軽蔑以外の何物をも抱けない。
 やがて、この殺風景な中をうろつく一つの集団を見つける事が出来た。俺は咄嗟に焼け跡に身を隠しながら、彼らの方へ近付いていきその姿を確認する。それはやはり、今回の蜂起に参加した農民達だった。何かを探しているような仕草だが、やけに焦っているように見えた。
 一体何を探しているのだろうか? そう思っていると、別な集団が現れ彼らと合流した。
「おい、いたか?」
「いや、どこにも見つからねえ」
「早く見つけないと、まずい事になるぞ! これ以上時間はかけていられない」
 そして再び彼らは四方へ散っていった。その仕草がやけに手慣れた機敏さであまり一般人らしくない、そんな事をふと思った。だが、今はそんな事を考えている時ではない。俺は彼らが周囲から遠ざかるのを待った上で、再びアーリャの捜索を探し始めた。
 焼け跡ばかりが目立つ街並みには、まるで人の気配というものがない。農民達も何を探しているのか知らないが、街の外側の方へ捜索場所を移しているのだろうか、全くその影は見られなくなった。
 今はどんな状況なのか。領主らは既に殺されているのか、はたまたうまく逃げおおせたのか。ただアーリャを探すだけでなく、現状についての情報が欲しかった。何も分からないせいで、酷く不安感ばかりが込み上げて来るのだ。
 その不安感のせいか、果たしてアーリャは無事なのか、そんな事まで案ずるようになった。あれが果たして人の力でどうにかなるなど、その状況自体が思い付かないのだが、それでも世俗に疎い所もあるからと何らかの理由を付け、どうしても気掛かりに思った。
 やがて街の中心よりやや北側、小高い丘の上に建つ一件の屋敷に辿り着いた。高く長く伸びたレンガの塀、正面には返しのついた鉄格子の門、そこへ続く白い石階段と、他の建物とは一線を画した豪奢な屋敷だっただろう。正門は外から打ち破られ、塀もあちこちが崩れ煤がこびり付いている。敷地内へ踏み入ると、やはりそこにはかつては大きな屋敷があったであろう焼け跡が残っているばかりだった。こうも原型を留めなく焼いた当たり、領主に関わったものは建物であろうとも存在を許さない、そんな明確な意図が感じ取れる。
 領主の安否はともかく、少なくともここには残ってはいないだろう。そう思いながらも、何かしら手掛かりなどは無いかと、焼け跡や中庭周辺を探索する。しかし、出て来るのは焼け焦げた破片や使用人らしき遺体など、あまり役に立ちそうにないものばかりだった。やはり、ここには長居するだけ無駄である。そう俺は結論付ける。
 次はどの方角から探すか。アーリャの後を追うのだから、ここはこのまま来た方向に倣って進むべきか。そんな事を考えながら、取りあえずの勘頼りで歩いていた時だった。
「あれは……?」
 ふと俺の視界の端に飛び込んできたもの。それは、打ち壊された壁の焼け跡の影から放り出すように伸びた、人間の両足だった。初めは、そこにはこの武装蜂起に巻き込まれて亡くなった者の遺体が壁にもたれ掛かっている、そう思った。しかしよく考えてみると、こんな焼け跡にあるにも関わらず、その足はあまりに綺麗だ。これまで見て来たの通り、火に炙られ衣服や皮膚は真っ黒に焦げているのが普通であるはずなのに。
 何か違和感を覚えた俺は、すぐさまその足の元へと駆け寄る。そしてそこで見た光景の前に、思わず言葉を失って愕然とする。
「お、おい……冗談だろ?」
 焼け焦げた壁に背を預けるようにして座り込んでいる彼。四肢を力なくだらりと放り出し、頭は後ろの壁に支えられてやや右下を見ながらうつむいている。その顔を思わず間近で目を凝らして見てしまうが、やはりその造形には見覚えがあった。紛れもなくこれは、本人の遺体である。
「そんな、どうして……」
 理性を取り戻そうと、震える声を喉から絞り出す。俺は自分でも分かるほど、酷くショックを受けていた。
 その遺体は、紛れもなくアーリャ本人だった。既に呼吸は止まり、目は半開きになったままぴくりとも動かない。明らかに死んでいる。
 あのアーリャが、こんな簡単に死んでしまうなんて。俄かには信じられなかったが、感情と切り離した理性の部分は淡々と遺体の状況を確かめ始める。
 手足には目立った外傷はなく、指も綺麗なまま。ほとんど即死に近かったのだろう。もがき苦しんだ形跡は無い。胸には大きな血の染みが出来ているが、服そのものに穴が無い所から察するに、背中側から何かで刺されたのだろう。更に、僅かだか頭からも血を流しており、刺される前後に頭も殴られたようだ。アーリャは怪我も治せるらしいが、それすらも間に合わなかったのだろう。
 アーリャは見たこともないような魔法を幾つも使い、どんな大勢が相手であろうとも理由さえあれば平然と叩きのめす。そんな実力者なのだから、まず間違いなく正面切って相対するなんて事は有り得ない。これは、安心して背中を向けられる相手に背後から不意打ちをされたのだ。
 犯人は誰なのか。その予想は大まかにはついた。アーリャが安心している相手、悪の領主を倒そうとしたドミニカと農民達だ。しかし、何故彼女らがアーリャを殺さねばならないのか。アーリャは頼もしい仲間の一人である。少しでも多くの戦力が欲しいならば、有能なアーリャを殺す理由などないはずなのだが。