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 夜も更けた頃、ドミニカは突然と皆を一階の大広間へと集めさせた。既に一階部分の大半を占める程に膨れ上がっていた農民達を一カ所に集中させると、文字通り足の踏み場も無いくらいにひしめく形になった。しかし、そんな状況になっても誰一人として文句をこぼさないのは、皆目的が一つとなっているからだろう。
「突然お呼び立てして申し訳ありません。火急の要件があり、どうしてもお伝えしなくてはならなくなりました」
 ドミニカはテーブルの上に立って、一段高い所から呼び掛け始める。明かりは彼女の両側にそれぞれ燭台が一つずつあるだけで、おそらく後ろの方などほとんど姿は見えないだろう。そんな薄暗がりの中でも、一同は真剣な眼差しでドミニカの方を見ている。本来ならここは空き家であるため、俺達が潜伏している事が知られぬよう明かりは最小限にしているのだが、それがかえってドミニカの存在感を際立たせる演出になっていた。
 ドミニカの話は、すぐには本題に入らずに明日に向けての決意表明から始まった。壇上に立つ彼女の姿に見入っていた一同は、すぐにその話に心から聞き入ってしまう。生まれ育った環境の違いか、ドミニカの人前で臆せず堂々と話すその立ち居振る舞いは、人を強く引きつける力があった。後から学んでどうこうなるようなものではない、そう俺には感じられる。
「ねえ、アーリャは一体何をするつもりなの?」
 袖口で目立たぬように立っていた俺の傍らで、ニーナが訝しげに訊ねる。そのアーリャは、ドミニカの立つテーブルのすぐ横に、目立たないように立っていた。
「分からない。ただ、内通者を特定する何かをするつもりではあるんだろうが」
「何かって? そんな都合の良い魔法でもあるの?」
「普通は考え難いが……アーリャの事となると、その普通は当てはめ難いからな」
 それよりも、不安は内通者を見つけた後の方にある。内通者は処断するとドミニカは主張し、アーリャもまたそれに同意している。アーリャは、自分が悪と決める事に対して全く容赦がない。それを考えると、とても穏やかに済みそうには思えない。
「良き者が良き生活を得られる、勤勉で誠実な者が報われる社会が本来あるべき健全な姿であって―――」
 益々熱を帯びていくドミニカの演説、いささか精神論に傾倒し過ぎているように感じるが、聴衆側はそんな事など気にも留めず一心不乱に聞き入っている。ドミニカの演説は、その巧みさと農民達の心を掴む内容により、すっかりこの場を支配している。否が応でも士気は上がるだろうが、ふと俺は敗色濃厚な寡兵が自棄を起こす様を連想してしまった。
「ね、アーリャのヤツ、何か始めたわよ」
 そうニーナに指摘を受け、すぐさま傍らのアーリャに視線を向ける。
 アーリャは何事か唱えているのか、口をしきりに動かしながら、指先を空中に走らせ何かを描いているようだった。何か魔力的な意味を持つ図柄を描いているのだろうが、魔法は専門では無いので詳しくは分からない。ただそれを見ていると、心なしか背筋が冷たくなるような気にさせられた。
 やがて、おもむろにドミニカは壇上から下のアーリャの様子を窺った。それと同時に、アーリャのすぐ目の前の空間には、突如として輝く紋様が浮かび上がる。おそらく、今まで描いていたものだろう。ドミニカはそれを確認するや否や、再び正面へ向き直った。
「こうしてここに集まって頂いた皆さんは、正しき道を歩まんとされている義士であると信じています。しかし残念ですが、この中にはその道から外れた不心得者が紛れ込んでいます」
 ドミニカは意外な事に、これから行おうとしていた目的について、真っ向から口にしてしまった。それは失言などではなく、明らかに明確に意図して口にした言葉だ。
 案の定、これまで熱心に聞き入っていた一同は、たちまち目を覚ましたかのようにざわつき始める。そして、傍らのアーリャの様子にも注意が向き始めた。
「これより、真実の光を照らします。それによって、我々を卑劣な罠にかけようとする者は明らかになるでしょう!」
 そう高らかに宣言した直後、アーリャは目の前に展開していた光る紋様を人差し指で軽く弾いた。瞬間、目の前が突然真っ白になるほどの強い閃光に包まれ、思わず目をかばいながらその場に立ち竦む。同時に、耳が何かに塞がれたかのように音という音が消え去った。こういった目眩ましの魔法は一般的にあるが、ここまで長く留まる強烈なものではない。一体どれほどこの強い光は続くのか、そう思いながらしばらくの間俺はその場から全く動く事が出来なかった。
「ほら、見付けました。あの者ですよ」
 まるで視界も利かず音も無くなっていた中、唐突にアーリャの穏やかな口調だけが妙にはっきりと聞こえた。どうやら術者であるアーリャは、普段通り見えているようである。
「おい、アーリャ! これは一体どうなってる!?」
「ああ、レナートも普通に影響受けるんでしたね。すぐに済みますから、もうちょっとだけ我慢していて下さいね」
 すぐに済む。その言葉が、俺の背筋をぞっとさせる。
「ちょっと待て! 何をする気だ!」
「決まっているでしょう。裏切り者を処断するのです」
 今度聞こえて来たのは、ドミニカの声だった。どうやらドミニカにもこの魔法は届いていないようだった。
「それではアーリャさん、お願い致します」