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詳しい経緯は、後から確認するとして。
アーリャと合流出来た以上、あの検問所を突破する可能性が見えてきた。うまくすれば、状況を今よりもずっと良い物に出来るかも知れない。
「アーリャ、俺達はあの検問所を突破したいんだ。出来るか?」
「検問所ですか? まあ、出来ない事はありませんけど」
アーリャの口調は、あまり乗り気ではなかった。
「私達は、別に悪い事をしている訳ではありません。ならば、こそこそとせずに堂々と行くべきです」
「依頼主は、それが出来なくて困っているんだ。それに、奴らも真っ当な憲兵とは限らないぞ」
「そうでしょうか……。私には、きちんと与えられた役目に従事する、善良な人間に見えますが」
「末端はそうでも、上がそうでなければ同じ事だ」
しかし、アーリャの反応は今一つ弱い。仕方がないと言えば、仕方のない反応だ。アーリャは世直しを目的として行動する人間だから、悪党以外を攻撃する理由を持っていないのだ。
強要した所で、意固地になるだけだろう。
そう考えた俺は、表現を変えてみる事にした。
「検問所を突破したいだけであって、別に手段は問わない。あの憲兵達を蹴散らせと言っている訳じゃないんだ」
「でしたら、楽な方法がありますよ。姿を見えないようにするのです」
「姿を見えないように?」
「じゃあ、行きましょうか。あまりもたもたしていると、日が暮れてしまいますから」
そう言ってアーリャは、馬車の前へ馬を進ませた。慌てて俺はその後を追って駆ける。
「おい、こっちはもう見つかってるんだぞ?」
「大丈夫ですよ、このまま進んで。あ、馬車の方も私の後へ続いて下さい。出来るだけ音は立てないように」
しかし、言われた御者は半信半疑で首を傾げるばかりだった。特別何かした様子もないアーリャに、このまま進んで問題ないと言われても、何も納得が出来ないのだ。
「ちょっと」
そして、馬車から顔を出したニーナが俺を呼びつける。やはりそうだろうと、今度は馬車の縁まで移動する。
「あんたの相方、信じていいの?」
「多分、大丈夫だと思う。あれでも一応、魔法に関しては本当に実力があるんだ。何かいい手段があるんだと思う」
「思う? そんな曖昧な根拠で言われても、従えないわ」
「ここは信じてくれとしか言い様がない。アーリャは変人に見えるが、実力だけは本当に本物なんだ。それだけは保証する」
何故ここまでアーリャのフォローをしなければならないのか。そんな思いはひとまず脇へと置き、ともかくアーリャの指示に従うべきだと、ニーナに切々と砕いて説明をする。そんな時、その横から依頼主が口を挟んだ。
「街道へ戻るにしても、どうせ行く宛はありません。ならば、あの方の実力を信じます」
依頼主がそう決めたのであれば、お互いこれ以上言うことはない。無言のまま頷き合い、ニーナには車内の事を任せる。そして俺は、まずはアーリャの傍でアーリャ自身の手綱を取る事にする。そのままアーリャを先頭に、馬車は検問所へ向かって進んでいく。御者は目に見えて顔が青ざめていた。恐怖のあまり逃げ出さないだけでも、今はありがたいものだ。
「で、具体的にはどうするんだ?」
「どうも何も、我々の姿を見えなくして、検問所は素通りするだけですよ」
「素通りと言ってもな。仮に俺達が透明になったとしてもだ、見えないだけで存在していない訳じゃない。今更透明になった所で、連中は闇雲に探し始めないか?」
「見えなくするというのは、透明にするという意味じゃありませんよ。認識の話です」
「認識? ますます分からないが……」
「しっ、そろそろですよ。喋っていると、これは効果が無くなるんです」
検問所へ、少しずつ接近していく。俺の左手はいつの間にか腰の剣に添えられ、右手はいつ柄に掛かっても良いように五指がそわそわと浮き足立っている。御者は恐怖を通り越した無表情になり、馬車の窓からはニーナが鋭い視線を辺りに向けている。アーリャを除いた誰もが、心臓が破裂しそうな程に緊張しているだろう。
やがて馬車が検問所の入り口近くへ差し掛かる。周囲には憲兵達が何人も配置しており、そこは既に彼らの手中である。もう逃げられない所まで近付いた。そう思うと、俺は遂に堪えきれずに、剣の柄に右手を添えた。
だが程なくして、俺はこの検問所に違和感を感じた。まず、ここまで近付いても憲兵が誰一人話し掛けて来ない事だ。視線も、虚ろにさまよっている訳ではないのだが、こちらを見ているのかいないのか分からず、認識されている実感が無い。そして極めつけなのが、中心部のゲートだった。突破防止用のポールが、何故か上がったままになっている。ポールを上げている憲兵は、そのままの視線でこちらをじっと見ている。眼差しは極普通な平素のそれで、何も話さない事を抜いて特に変わった様子はない。普通は、通行が許可された時にだけ一時的に上げられるものなのだが。何故彼は、わざわざ自分からポールを上げているのか。
この状況は一体どういう事なのか。アーリャにそう問おうとし、今は話してはいけない事を思い出して、慌てて言葉を飲み込む。しかし、あまりの変異には疑問は尽きなかった。憲兵達は、間違いなく俺達に気付いている。それなのに、どうして素通りさせてしまうのか。本当は、依頼主の手配などされてはいないのではないだろうか。そんな憶測すらしてしまう。