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アーリャの追及に、マカールは目に見えて表情を青ざめさせた。けれど、人が青ざめる理由というのはそんなに単純ではない。だから、俺はすぐさまアーリャの言葉に割って入った。
「待て、マカールさんを一方的に疑ってかかるような、それは何だ? 一体何を言わせようとしている」
「あれっ? レナートは聞いていなかったのですか? 今、グレープさんがあらましを全て話してくれたでしょう?」
「全ても何も、店とマカールさんの名前だけだろ。それで何が分かると言うんだ」
「むむ、レナートはそれしか聞こえていなかったのですか。まだまだ練習が足りませんね」
そうしたり顔で答えるアーリャに、思わず脱力しそうになるのを堪える。こうやってアーリャのペースに乗ってはいけない、そうすれば状況は面倒な方へ傾くのだ。
「なら、その全貌とやらは何だ? さっきまで何処かへ消えてたお前が、一体何を話すつもりだ。今の状況が分かってるのか?」
「話はちゃんと聞いてましたよ? レナートの感覚器を拝借する魔法があるのです」
「感覚……拝借?」
「まあ、それは後ほど解説するとして。では、説明をいたしましょう。まずは、今のグレープさんの証言ですね」
そう言ってアーリャは、早速解説を始める。こちらの言う事も聞かず一方的に進める態度は、俺に無理やり同行して来た時と全く同じやり口だ。
こいつは、一体何なのだろうか? 話なら直接聞けばいいのに、何故そんな回りくどい真似をしていた? そもそも、行動目的すらも分からなくなってきた。
俺はアーリャの言動に混乱しつつも、とにかく現状をあるがまま受け入れようと、自分を落ち着ける。
「グレープさんの証言は、ざっと要約するとこうです。自分の目的は、先祖代々受け継いできた、家業でもあるあの酒家を守る事だと。けれど、公共工事が終わっても事業を拡大し過ぎたために、莫大な借金を作ってしまった。このままでは、大切な酒家を手放さなければならなくなる。そんな時、助けてくれたのはマカールさんでした。彼は金融機関に掛け合って、関連する証文を全て買い取ったのです」
つまり、身銭を切って親友の危機を助けたという事だ。それならば別段おかしな事は無く、むしろ何故それで恨まれるのかという疑問が生まれる。やはり恨みの矛先は、白桃の瓶詰めで決まりではないのだろうか。
「ここまでなら良い話ですが……この事は私達にお話下さいませんでしたね。つまりは、この先が後ろめたい事であると、そういう訳です」
「先? 証文を買って終わりじゃないのか?」
「違いますよ。ね?」
そうアーリャに問われるマカールは、びっくりするほどガタガタと全身を震わせ、蒼白の顔色でうつむいている。明らかに、アーリャの言う後ろめたい何かがある証左だ。
今の下りから来る、後ろめたい事。そう、証文の行方だ。そして、そこから導き出される答えは幾つも無い。
そこまで考えた後、俺はまた口を挟んだ。
「アーリャ、状況は良く分かった。もういいだろう、次の話に移ろう。どうすればこの呪いから逃れられか、だ」
「何故です? 罪は罪、きちんと詳らかにされてしかるべきでしょう。震えているから泣いているからと言って許していては、実際死んだ方の気持ちのやり場はどうするのです?」
「殴られたから、同じように殴り返す。それではいつまで経っても解決しないし、何より人間性の欠片も無い」
「復讐こそ、人間性ですよ。罪は罪、罰は罰、それ以上でもそれ以下でもないですし」
「だったら、お前が罰を下すとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい」
「例外を設ける事など、神が許しません」
神が許さない。今日日子供でも笑ってしまいそうな言葉を、真っ向からこちらを見据えた上で断言してくる。あまりに大きく強い言い様だが、体の良い誤魔化しにも聞こえる。しかし、アーリャが口にしたせいか、不思議と妙な説得力があった。俺自身もレト教の信者とはしているが、教典の内容や神代の出来事、ましてや神の実在などこれっぽっちも信じてはいない。今の世の中はむしろ、俺のような人間が大多数だろう。けれど、そんな俺を揺り動かすほどの力が、今のアーリャからは感じ取れてしまった。これ以上まともに聞いてはいけない、咄嗟に俺は耳を塞ぎたくなり、代わりに三歩もその場から後退った。
「マカールさん、私達に隠していた証文の件、そして本当の事の顛末、話して戴けますね? これ以上罪を重ねるのは、あなたのためにはなりませんよ」
「しかし、ワシは……」
「もう、良いのですよ。今のような気持ちで生きるのは、辛い事でしょう? その重荷、そろそろ下ろしては如何ですか?」
先程の強弁とは打って変わって、驚くほど優しく自然な言い方だった。ただ、俺には単なる懐柔の手段にしか感じられない。
「その、実は……」
マカールはがっくりとうなだれたまま、ゆっくりと恐る恐る口を開いて語り始めた。