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さあ、感動の対面だ、存分に語り合え。
そんなセリフが頭を過ぎり、俺に苦笑いをさせる。明らかに、語らうような雰囲気では無かった。激情のあまり話の出来る状態ではない人間は見たことがあるが、まさにそれと同じものをこの青年から感じられるのだ。
「なあ、これは流石に……」
状況が不穏だ。中断した方がいい。
そんな事を含ませながら、傍らのアーリャの方を向く。しかし、
「……あれ?」
つい今の今まで居たはずのアーリャは、いつの間にか忽然と姿を消していた。ここから動いた気配など、まるで感じなかったというのに。
俺は驚きよりも焦りの方を強く感じた。この不穏な状況を、幽霊に対する知識も無ければ、そもそも存在自体を否定していた俺が、たった一人で何とかしなければならなくなったからだ。
「おお……おお……! 何年ぶりだっただろうか、何と懐かしい……」
マカールは感極まった様子で、グレープの幽霊の足元に屈み込む。そのまま手をグレープの方へ伸ばしてかき寄せようとするが、マカールの手は
空を切り、グレープの姿がほんの僅かだけ揺らめいただけだった。その間も、グレープは怒りに満ちた表情でじっとマカールを睨み続けている。怒る人は普通こういった場合、相手に対し手を出したり、罵詈雑言を浴びせるものだ。けれどグレープはどちらの素振りも見せず、ただただ睨みつけているばかりだ。その一見すると物静かな様子が、かえって恐ろしく思える。
あれは、果たして本物の幽霊なのか。今更、そんな疑問は持つべきではなく、見たままを受け入れようと思った。正直なところ、そういう気構えでなければ、頭がまるで回りそうにない。
俺はまず何をするべきか。二人は、このままで話し合えるのだろうか。まずはそこから考える。
グレープは明らかな怒りをマカールへ向けている。それは恐らく、白桃の瓶詰めの件だろう。彼の一家が崩壊した原因だと、少なくとも彼は信じているからだ。そしてマカールは、その事に気付いているし悔やんでもいる。ならば、まずはその気持ちがグレープへ伝われば良いのではないだろうか。
「すまなかったなあ……もっと良く考えて、慎重になっていれば、あんな事にはならなかったはずなのになあ……。本当に、本当にすまなかったなあ……」
懇々と謝罪の言葉を並べるマカールだが、グレープの様子には一切の変化が見られない。やはり、そんな謝罪程度では簡単に許せないのだろう。
どうやって、マカールの謝罪を受け入れて貰うのか。それを考えた俺はまず、マカールを立たせてグレープと目と目と合わせる事を思い付いた。謝るにはまず、お互いの目線が合わなければ始まらない。これは俺の経験則に基づくものだ。
いささか気が咎めるが、俺はそっとマカールの下へ歩み寄ると、まずは屈んでいるマカールを気遣った。心底申し訳ないという気持ちになっているせいだろう、マカールは立ち上がる力すら無く、ただただ謝罪の言葉を繰り返すばかりである。
では、グレープの方に視線を合わせて貰うか?
一瞬そんな考えが頭を過ぎるが、話の通じない相手にそんな事を頼んだ所で無意味だろう。
どうする? マカールが落ち着くのを待つか?
自分一人でこの場を何とかしようと思ったが、いきなり困難に直面してしまった。肝心のアーリャは忽然と姿を消してしまうし、もはやどうにも手の打ちようが無い。
立ち上がり、そこで初めてグレープの幽霊というものを間近で見る。その怒りの形相は凄まじく、例え何があろうと絶対に許さないという妄執を感じさせる。仕事柄、強面の相手や脅迫などは慣れっこではあるが、やはり幽霊が相手という付随要素のせいか、これまでの誰よりも怖さを感じる。怒りの形相のままぴくりとも動かず、存在感が酷く曖昧な異質さも手伝って、迂闊に関わって俺も呪われやしないだろうか、そんな不安すら覚えてしまう。
けれど、このままこうしていても埒はあかない。俺は試しに、恐る恐る話し掛けてみる。
「あの……話は出来ますか?」
しかしグレープは、怒りの形相のまま、ぴくりとも動かない。試しに視点の先に入ったり外れたりしてみるが、焦点すら動いていないようだった。確かに目の前には見えるのだが、存在感が疑わしい。そんな印象である。
「聞こえていれば、聞いて下さい。あなたの目的は何でしょうか? お二人の間には過去に悲しい事がありましたが、まずはそれについて意見を出し合いましょうよ」
それでもやはり、グレープは反応を返してくれない。ただじっと、怒りの形相を向けるだけだ。
参った。手詰まりだ。
和解させる双方共、話もままならないのでは全くどうしようもない。改めて、この場から忽然と消え去ったアーリャに助けを求めたくなる。
やはり、落ち着くまで待つしかないか。そう思い、俺は近くから椅子を引いて座った。改めて思うと、今置かれている状況は酷く異常だ。こんなに長くはっきりと目の前に幽霊がいるのだ。自分が何故見えるようになったのかも疑問だが、冷静になろうとすればするほど、自分はどこか異常を来したのではないかと思えてならない。
そんな中ふと、俺はある疑問を思い出した。それは、グレープはマカールに取り憑いてまで何をしたかったのだろうか、そういう疑問だ。
「あの、マカールさんに取り憑いてまで何をしたかったのですか?」
何の気なしに、そんな質問を投げかけてみた。どうせ何も反応なんか無いだろう。そう高をくくっていた事もある。だから、次の瞬間の出来事には酷くぎょっとさせられた。
「うわっ!?」
今までぴくりとも動かなかったグレープが、突然消えて現れるような移動をした。現れたのは俺のすぐ目の前で、更にはあの怒りの形相を、あろうことか俺に対して向けていたのである。