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一体、どうするつもりなのか。
もう何度口にしかけたか分からないその言葉を、俺はまた脳裏に浮かべては消した。
グレープと話せるなら、是非お願いします。
そう言ったマカールの心情は、まだ理解が出来る。けれど、それを受けるアーリャは果たして何を考えているのか、俺には予想もつかなかった。
マカールの許可を得た上で、俺はアーリャの手伝いで、マカールの自宅敷地内にある独立した倉庫の中にいる。そこは、かつて商家として商いの全盛を迎えていた頃に建てられたもので、緻密に石材を積み上げて作られた非常に堅牢で巨大な倉庫である。中は更に幾つもの部屋に分かれていて、そのそれぞれに食料品や衣類、医薬品や武具等々、とにかく思い当たる物は何でもあった。マカールの好意により、準備に必要な物は何でも持ち出して構わないという事で、こうしてアーリャと来ているのである。
「おい、それでどうするんだ?」
「ですから、グレープさんをここへ呼んで、マカールさんと話し合って貰いますよ」
「そうじゃなくて、本当の所だ。死んだ人間を呼ぶとか、出来るはずがないだろ」
「いえ、出来ますよ? もちろん、普通は出来ません。何せ、死後の世界に居る訳ですから、そこから魂を連れ出すのは、管理者の許可が必要なんです。対話したい程度では、正当な理由にはなりませんしね。でも、丁度良かった。今回は、まだ現世に留まっている」
「留まっている?」
「昨日見たじゃないですか。あれですよ。私が近付いたら一目散に逃げ出したのが、何よりの証拠です」
昨日のあれとは、マカールが正気を失って俺に襲いかかった事だ。あれが、グレープの霊が取り憑いた状態だというのは認めるとして、それがアーリャが近付いたら逃げ出したというのは、一体どういう意味なのか。
どうせ、まともに考えた所で分からない。俺は、これ以上の詮索は止める事とする。
アーリャはまず、台所用品の部屋へと入っていった。そこは様々な調理器具が所狭しと並んでおり、全て無数の棚で細分化されて整理されている。多少古びてはいるが、十分使えるような代物だ。しかし、こんなに大量の台所用品など、一体誰の需要を見込んで仕入れたのだろうか。
「えーと、これとこれ。あ、ちょっと持ってて下さい」
早速棚を物色し始めたアーリャは、最初に手にしたボウルに何かを無造作に入れ、それを俺に持つように指示する。仕方なく受け取ると、思っていたよりも重く、危うくよろめきそうになった。いつの間にこんな物を持てる体力がついたのか、そんな事を思う。
アーリャは細々とした物の並ぶ棚へ移動し、俺もその後を追う。アーリャは、ミルやサイフォン等の器具を無造作にボウルへと詰めていく。そして俺には、どれ一つにも幽霊との繋がりを感じなかった。全くと言っていいほど、アーリャの目的が見えない。
「おい、これは何をするつもりなんだ?」
「加工に使うんですよ。あ、これも必要ですね」
などと、棚を向きながら答えるアーリャ。俺が聞きたいのは、これらと幽霊との繋がりなのだが。そんな事を思っていると、唐突にアーリャの体が宙に浮いた。あまりに唐突で脈絡もない出来事に、言葉が詰まってしまう。しかし当のアーリャは、まるで散歩か何かをしているように、ごく自然と空中を歩きながら棚の最上段を物色する。おそらく、高さが足りないから浮いたのだろう。それだけでもちろん出来るような芸当ではないが、それがアーリャだと何となく納得させられてしまう。
本当にこいつは、何処の何者なんだろうか。幽霊など居るはずがないと俺は言っていたが、アーリャもそれと同等くらい信じられない存在である。
しばらくして器具を集め終わると、今度はまた別な部屋へと移動した。そこはドアを開けてすぐに独特の臭気が漂い、即座に薬草関係の倉庫だと看破出来た。
「さて、次はここですよ」
アーリャはどこから持ち出して来たのか、大きめのバスケットを携えながら棚を物色し始める。
この部屋に保管されているのは、乾燥させた薬草類や抽出液の瓶詰め、何種類かの薬草を漬け込んだ薬酒、中には動物の骨や何処かの部位のような物まであった。薬は日頃からある程度常備はしているが、そんな規模には止まらない、これだけありとあらゆる種類を取り揃えた光景は、実に壮観である。
「お前、薬学なんか分かるのか?」
「分かりますよ。私は何でも知っているのですから」
何でも知っていると来たか。
そう自称する奴は、これまでに何人も見て来た。俺は特に反応も返答もしなかった。
アーリャは、幾つかの乾燥した薬草や薬瓶、その他細々とした精製薬を取ってバスケットへ入れていく。何種類も薬を知っている訳ではないが、どれも俺には馴染みも見覚えもない物ばかりだった。辛うじて、痛み止めの一種である葉は分かったが、それがどう幽霊と繋がるのか、まるで想像も付かない。
「いい加減、詳しく教えてくれないか? そんなに薬を使って、一体どうするんだ? マカールさんには、亡くなった友人と対話して貰うんだろう?」
「そうですよ。ですから、こうしてその準備をしているのです」
「その薬が、どう繋がる?」
「いいですか? 人間が位相の違う存在、即ち霊体やアストラル体を認識するには、知識だけではなく、技術や才能を要します。世界観のズレを認識する力ですね。けれど、それを今からマカールさんに教えていては、いつまでかかるか分かりません。そこで、脳の一部を操作して一時的に位相差を認識出来るようにするのです。これから作るのは、そういった薬なんですよ」
聞き慣れない単語を幾つもスラスラ並べながら、流暢に説明するアーリャ。しかし、脳の一部を操作する、という不穏な下り意外はほとんど理解出来なかった。
「危険はないだろうな? 体に負担のかかるような薬は、流石にまずいぞ」
「大丈夫、副作用なんかありませんよ。きっちりとレシピにそって作り方ますから」
そもそも、何処にそんな訳の分からない効果を発揮する薬の作り方などまとめられているのだろうか。
自信あり気に答えるアーリャに、俺は不安が益々募った。